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2011.01.25 Tuesday

〈推理劇〉に魅せられて(2) ―― 『警官の条件』、『灰色の虹』、『1Q84 BOOK3』など

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    客 先日、君に勧められて読んだ樋口有介の作品、面白かったよ。柚木草平シリーズ以外のものも幾つか読んだ。最初期の作品『ぼくとぼくらの夏』や、『風少女』そして、『枯葉色グッドバイ』など、よかったな。繊細な描写に彩られた文体の良さもさることながら、登場する女性たちの像形が、実にいいと思った。村上春樹の新作『1Q84』なんかを読む暇があったら、絶対に、樋口有介作品を勧めたいな。
    主 気に入ってくれて、良かったよ。ほんとうは、触れる気も起きなかったのだが、君が引き合いに出したから、敢えていっておくけど、本当に酷い作品だったな、『1Q84』は。BOOK1、BOOK2と読み進むうちに、いやな予感が湧き上がってきたのだが、案の定、BOOK3を読み終えて愕然としたね。一体、この作家が持っていた屹立した資質は何処へいってしまったんだと、憤りすら感じたよ。BOOK3が未刊だった時点で、松本健一の村上論(『村上春樹――都市小説から世界文学へ』)の書評を頼まれて、執筆した文章の最後を、「『ねじまき鳥クロニクル』の第3巻によって物語を大きく離反させて、わたし(たち)に落胆を与えてしまった村上春樹が、『1Q84』で同じ轍を踏まないことを期待するだけだ」と、締めくくったけれども、予想通り、同じ轍を踏んだことになる(笑)。離反なんていうものではなかった、この際、破綻させたと、はっきりいっておきたい。この作家は、もともと、短編や中篇に、すぐれた物語性を表出しているといっていいと思うのだけれど、『ねじまき鳥〜』にしても、『1Q〜』にしても、ダラダラした長編の作り方は、自身のこれまでの作品性の深度を相殺してしまうものだといいたいな。『ねじまき鳥〜』で、ノモンハン事件を出して、戦時下のアポリアをモチーフにしたのはいいのだが、結局、未消化のまま、いったいこの作家のスタンスはなんなんだという疑念しか湧かなかったように、『1Q84』の新左翼活動家たちが後にカルト教団を作って、武闘派と穏健派に分派してといった裏ストーリーは、連赤やオウムを彷彿とさせながらも、ノモンハン事件と同じで、まったく図式的なモチーフ設定でしかなく、なんら、作品に効果的な影響を与えていないといっていい。
    客 モチーフに対して寄りかかりすぎなんだと思う。主題主義小説といういい方があるが、戦前のプロレタリア文学から、戦後の野間宏に象徴される全体小説まで、ことごとく、文学作品として駄目だったように、もっとも、そういう主題主義小説から遠いスタイルで出発したはずの村上春樹が、結局は、いつのまにか、主題主義の隘路に入ってしまったということになるね。
    主 それでも、震災とオウムに喚起して書かれた連作集『神の子どもたちはみな踊る』は、まだ、よかった。その前年に、発表された『スプートニクの恋人』は、同じ長編でも、一巻に収まる量だったからか(笑)、傑作だと思うよ。『ノルウェイの森』のような陳腐な作品より遥かにいいと思うね。もう、村上春樹に関しては、これぐらいでいいよ。ところで、樋口有介についていうならば、新作『窓の外は向日葵の畑』(文芸春秋・10年7月刊)に対して、一言、いっておきたいな。若干、批判を込めて。
    客 それも、読んだばかりだから、俺にいわせてくれないかな。はっきりいって、期待はずれだった。まさしく、「『ぼくと、ぼくらの夏』の著者が原点に帰って描き上げた、青春ミステリの新たなる名作」と帯文の惹句にあるように、これは、ほとんど、自己模倣作品というか、リメイク作品かと思った。それでも、独特の物語の展開は、魅力的ではあるから、それなりに読ませるのだが、唯一、いただけなかったのは、主人公の幼馴染の女の子が亡くなっているにもかかわらず、ゴーストとなって登場してしまうことだな。これは、禁じ手だよ。
    主 そうだね、僕も同感だ。樋口有介ほどの作家なら、そんなオカルト小説まがいの設定にする必要はないはずなんだ。だから、どうも、二人の会話になった途端、引いてしまい、物語のなかに入っていけなくなってしまうという、中途半端な状態で読み続けることになったといっていい。
    客 そういえば、君のもう一冊の、お勧め作品、貫井徳郎の『後悔と真実の色』は、なかなか読み応えがあったよ。山本周五郎賞を受賞したんだね。新作が出たようだけれど、もう読んだのかな。
    主 貫井徳郎の新作『灰色の虹』(新潮社・10年10月刊)は、『後悔と真実の色』の読後感を抱きながら、期待して読んでいったのだが、かなり強引な物語展開に、やや興ざめしてしまったというのが、正直な思いだ。冤罪によって懲役六年の実刑を受けた男が、自分を無実の罪に陥れた刑事、弁護士、検事、裁判官たちを次々と復讐殺人をしていくという(目撃証人だけは、未遂に終わる)、ある種、荒唐無稽とも思われる物語設定なのだが、見方を変えれば、意欲的なモチーフといえなくもない。だが、多様視点の構成が、散漫な感じにしか受け止められず、しかも人物像形がやや冗漫に描かれ過ぎているため、物語の展開に遅滞性を感じさせたことも、確かだ。同じように、多様な視線から描出されていた『後悔……』は、ひとつの事件をめぐって、収斂されていくため、緊密性が保たれていたのとは対照的だ。そして、最も疑念に感じたのは、主人公の顔に大きな痣があるというハンデキャップを像形としていることだ。目撃証人の曖昧な発言は、その痣の判別にあるのだが、そのまま、やり過ごされて裁判が進行することの不自然さは、もちろんのこと、そのようなハンデキャップを像形にしていくことは、ある意味、樋口有介のゴーストと同じように、禁じ手を使ったようなものだ。さらにいえば、復讐するための契機として、そのような身体的ハンデキャップに起因していると類推させることは、同意できない。もっと、オーソドックスな像形だったら、目撃証人の確かさが強調されることになるから、事件の核心が崩れることになる。それが、この物語展開の強引さが露呈しまう弱点だといっていいと思う。意欲的なモチーフだっただけに、文体や構成にもう少し繊細さを加味させるべきだったなといいたい。
    客 君は、もともとそんなに貫井作品に共感を持っていたわけではないから、『後悔……』を絶賛していたのは、意外な感じがしていたんだ。ここまでは、みんな、悪口になってしまったから、そろそろ、これこそは、面白いといった作品を推奨してくれないかな。
    主 僕は、衝撃的な大作『警官の血』によって、十周遅れの佐々木譲愛読者となったのだが、警察小説ではないけれど、『北帰行』は面白かった。初期の作品で、『夜を急ぐ者よ』(86年刊)という傑作があるけれど、その作品を彷彿させるものがあった。率直にいえば、作品の深度としては、『夜を急ぐ者よ』の方が、断然、いいのだが。実は、『夜を急ぐ者よ』には、こんな箇所がある。

     「『「行きたまえ、きみはその人のためにおくれ、その人のために全てのものより先にいそぐ」知ってる?』
    『隆明ですね。お好きだったんですか』
    『六法だけが愛読書じゃないのよ。こう見えてもね。その子、裁判のことは知ってるんでしょう?』
    『言ってません。まだ一緒に御苑を歩く程度の仲なんです』」

     主人公と弁護士との会話だ。詳細は省くけれど、ディテールに同時代性を感じさせながらも、いい意味でのモチーフの昇華がなされていて、物語の展開に不自然さやわざとらしさがないぶん、男女の間に沸き立つ硬質の抒情性が際立っていくといっていい。だから、吉本隆明の詩の一節が、引かれてもけっして不自然ではなく、作品の厚みが増していく効果があるといえる。これこそが、作家の膂力によるものだ。そして、いま、僕が毎回、楽しみにしているのが、「小説新潮」に10年5月号から連載している、『警官の条件』だ。しかも、この作品は『警官の血』の続編なんだ。まだ、物語は佳境に入っていないので、今後どんな展開をしていくのか、楽しみでならないね。完結した時に、また、あらためて『警官の条件』に触れることにするよ。
    客 いつも、君にだけ勧められて、心苦しいので、俺から、お勧めを一冊。佐藤正午の『彼女について知ることのすべて』(95年刊)は、読後、いろいろなこと考えさせてくれる作品だった。もちろん、ミステリー的要素も充分にある。近作では、『アンダーリポート』(07年刊)もよかったな。
    主 佐藤正午は、『ジャンプ』(2000年刊)は、読んだよ。『永遠の1/2』(84年刊)や『リボルバー』(85年刊)は、未読だけれども、映画化された作品は観た。それぞれ根岸吉太郎と藤田敏八(最後の監督作品となってしまったが)によるものだった。映画作品としてはどちらも秀逸だった。今度、読んでみるよ。
    客 この次も、大いに盛り上がることを期待しているよ。

    2010.04.05 Monday

    〈推理劇〉に魅せられて(1) ――― 『PLUTO』、『捨て猫という名前の猫』、『後悔と真実の色』など

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      客 久し振り、元気かい。毎日、怠惰な生活のなかに身を置いている僕としては、本でも読んで充実した時間を送りたいと思い、君のご意見を伺いたくて、寄ってみたよ。
      主 本でも読んでとは非道いいい方だなあ。そういう気持ちで本と向き合っても、あまり意味がないと思うよ。
      客 怒らないでくれよ(笑)。要するに、君は書評の仕事をしているから、お奨め本はないかなと思っただけだよ。
      主 他人に本を奨めるというのは、意外に難しいものなんだ。映画や音楽だって、趣味嗜好というものがどうしてもあって、このジャンルだけは受けつけないということがあるように、読書に関しても、出版は多岐にわたるから、どの分野かということを見定めないとなかなか推奨本というものは、確定しにくいといっていいと思う。だから、自分が率直に奨めたいものというよりは、相手の嗜好性をある程度類推しないと、単に無理強いするだけになってしまうことになるわけだ。
      客 まあ、そんなに気を廻してもらわなくてもいいよ。なにか面白そうな推理小説でも、教えてくれれば、それでいいんだ。間違っても、フーコーやドゥルーズ、ガダリといった君のお奨め哲学思想本だけは、やめて欲しいよ(笑)。
      主 君のそのいい方に、あえて訂正しておくけれど、フーコーは凄いと思うし、確かにわたしは様々な啓発を受けてきたが、ドゥルーズやガダリに対しては、そんなにシンパシーを寄せているわけではないからね。どうしてもなにか面白そうな推理小説ということなら、君向けに奨めたい本がないわけではない。例えば横山秀夫の登場以後、いわゆる警察小説といったジャンルが活況を呈してきたといえる。それも、警察側を正義(善)として、捜査の面白さを一方的に描くのではなく、むしろ警察内部の組織的な暗渠を描出するといった作品が、近年、多く発表されてきている。代表的な作家としては冒険小説を中心に書いてきた佐々木譲を真っ先に挙げることができると思う。彼の警察小説は物語の深さにおいて他を圧倒していて、読む側を無条件に魅了する力がある。『警官の血』は、高橋和巳をリスペクトしている佐々木譲版『邪宗門』だといえる豊穣な物語性を有した傑作だと断定していい。ただし最近、多作過ぎるせいか、水増ししたような作品を読ませられて、食傷気味になってしまった。そんななかで読んだ貫井徳郎の『後悔と真実の色』(幻冬舎・09.10刊)は、よく練り上げられた構成に卓抜さがあって、感心したといっていい。この作家は、初期の頃のものを読んだ記憶はあるが、確か余りにトリッキー過ぎて素直に入り込めなかった気がする。この作品にも、幾らかトリッキーで、やや不自然な展開がないわけではないではないが、警察の捜査陣内部の人間関係の様々な軋轢をうまく織り交ぜながら、それぞれの登場人物たちをリアルに描出している。何人かの人物の視点で、しかも、重層的な物語の展開のなかで、初めは、やや散漫な気分になって、読むことに集中できなかったが、事件の思わぬ展開と、とりあえず中心人物が特定できるようになってからは、一気に最後まで読みきってしまった。犯人として想定しうる人物を、わたしは早くから察知していたけれど、それでも中心人物の悲惨な転落のし方と同様、救いようのない犯行動機が、重苦しく読後感に残ったといえる。しかし、それでもというか、そうであるからこそ、ここ数年読んだこのジャンルのなかでは、秀作の一本として挙げてもいいと思う。
      客 覚えておこう。貫井徳郎の『後悔と真実の色』だね。他にはなにかあるかい。
      主 樋口有介という作家の柚木草平シリーズといわれる一人称スタイルのソフト・ハードボイルドタッチの小説群があるが、わたしは、第一作からシリーズのすべての作品を読んでいる。昨年、『刺青(タトゥー)白書』以来、九年ぶりとなるシリーズ最新作の『捨て猫という名前の猫』(東京創元社・09.3刊)が、刊行されたので早速、読んでみたのだが、帯文の“シリーズ最高傑作”は、大袈裟な言辞ではなかった。柚木草平というのは、妻子(妻は社会評論家としてマス・メディアで活躍中、娘の加奈子はまだ小学生だ)とは別居中の三十八歳の警視庁の元刑事で、雑誌記者を生業としていて、不倫の相手でもある元上司の警視庁キャリアの吉島冴子(夫は法務省の役人で大阪に転勤中という設定)から依頼される仕事が、事件として生起して物語が展開していくというものだ。シリーズだからこその定番、定型というものがあって、柚木の前には、いつも美少女や美女が表れて事件に巻き込まれていくというのが基本的なパターンだ。そしてシリーズの近作からは、柚木の担当編集者として小高直海という若い女性が登場しているが、その直海と柚木の“掛け合い”が、新たな魅力となっていて、柚木との男女の微妙な距離感もいい。『捨て猫という名前の猫』の物語をラフ・スケッチしてみるならば、その直海が所属している雑誌の編集部に、三軒茶屋の雑居ビルから飛び降り自殺した女子中学生は自殺ではないから柚木に調べさせろと、匿名の女の子から電話が入ったことから、複雑な事件というものが浮き上って来る。匿名電話した女の子・青井麦が、書名にある“捨て猫”ということになる。柚木と麦の不思議な心の交感、そして麦の死が、本書のいわば、メインモチーフとなる。事件の展開は、意外な方向に進み、事件の決着によっても、なにも解決しえないという余韻を残して物語は閉じていく。
      客 “なにも解決し”ないということは、犯人が分からないということなのか。
      主 いわゆるネタバレということになるから、詳細にはいえないが、殺人事件があって犯人がいて、それを確定して推理小説として完結するといった類の小説ではないのは確かだ。いわば、事件を喚起させた人物こそ、実行者ではないが、本当の犯人と見做すべきだというのが、本書だといってもいい。そもそも、このシリーズ全体にいえることだけれども、事件の犯人として特定される人物の犯行動機の“やるせなさ”というものが、樋口ハードボイルドの基軸なんだ。
      客 それは、面白そうだね。シリーズは全部で何冊あるのかな。
      主 新作の『捨て猫という名前の猫』以外、すべて文庫版で読めるようになった。全部で七冊、以下、列挙するとこうなる。『彼はたぶん魔法を使う』(90年刊、93年・06年文庫化)、『初恋よ、さよならのキスをしよう』(92年刊、95年・06年文庫化)、『探偵は今夜も憂鬱』(短編集―92年刊、96年・06年文庫化)、『誰もわたしを愛さない』(97年刊、01年・07年文庫化)、『刺青白書』(00年刊、07年文庫化)、『夢の終わりとそのつづき』(『ろくでなし』97年刊、改稿改題して07年文庫化)、『不良少女』(短編集―07年文庫刊)、他に、『プラスチック・ラブ』(95年刊、09年文庫化)という短編集があり、表題作の「プラスチック・ラブ」一編のみが、柚木草平登場作品となっている。どの作品も高い水準を維持したシリーズ作品となっているから、ぜひ、読んでみて欲しい。
      客 そんなに作品数があるなら、充分、時間を費やすことができるけど、まだ、お奨め本はある?
      主 推理小説ではないが、あえて拡張したいい方をして〈推理劇〉とすれば、漫画作品なんだが、浦沢直樹の『PLUTO』(全八巻、小学館・04.11〜09.7刊)は、ぜひ君に、手にとって読んで欲しいと思う。わたしは、君が知っている通り、漫画は白土三平、つげ義春、つげ忠男、林静一というライン(水木しげるも入れてもいいが)で読んできたから、子供の時も含めて手塚治虫に対してはシンパシーを持っていなかったといえる。白土三平の『忍者武芸帳 影丸伝』を貸本屋で読んだのが、小学六年生の時だけど、劇画風の画像に感応していたから、『鉄腕アトム』のような丸みを帯びた絵柄とどこか倫理性が鼻に付くようなストーリーに共感できなかったということだ。周りが、手塚漫画は凄いとか、『火の鳥』は最高の大河漫画だと絶賛すればするほど、反発するだけだった。浦沢作品は、初期の頃からよく読んでいて、『MONSTER』の途中までは付き合っていたのだが、そこまでだった。最新作の『BILLY BAT』が、面白くて、また浦沢作品を遡って見直すようになったということだ。この『PLUTO』は、『鉄腕アトム』が原作だったから、連載中はまったく無視していたけれども、いま新たに読んでみて、実によくできた作品だということが分かった。『鉄腕アトム』のなかの「地上最大のロボットの巻」という挿話を下敷きにしているのだが、ゲジヒトという脇役の存在を主軸にし、アトムをほとんど登場させないかたち(代わりに妹のウランをキーパーソンにしている)で展開させていく構成には、驚いたし、それがこの作品を『鉄腕アトム』への単なるオマージュ作品以上のものにしている。『PLUTO』は、SF冒険活劇といった要素はあるにしても、〈推理劇〉としての色彩が強い漫画作品だと思う。そこが、この作品をいい意味で、原作版『鉄腕アトム』と分岐させているところだといっていい。手塚治虫のSF漫画の世界のなかには、いうなれば表層的な平和理念といったものが潜在していて、そこがどうにも納得できない感覚をわたしは抱いてきたけれど、この『PLUTO』には、そうした手塚的平和志向を希薄にして、もっと辛辣で、過酷な存在倫理からの反戦・平和といった位相をめぐっての問い掛けを描出していると思う。レプリカント(ロボット)といえば、映画『ブレードランナー』を直ぐに想起できるわけだが、この『PLUTO』といい、『ブレードランナー』の場合といい、レプリカント(ロボット)自身の存在の哀しみということが、メインモチーフになっていて、そのことが、わたしには率直に共感できたといっておきたい。同時に、“PLUTO”なるものの謎解きが、そうしたことと絡み合って、衝撃のラストへ向かっていく。〈推理劇〉以上の〈推理劇〉だったといいたいね。
      客 君がそこまで、入れ込んでしまうとは、驚いたな。分かった、ぜひ、『PLUTO』も、頑張って完読してみよう。また、お邪魔するけど、その時は、また、よろしくな。
      主 随分、殊勝な挨拶で変な気持ちだ。今度、会う時までに、またなんかお奨め本を考えておくよ。

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