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2015.06.16 Tuesday

Yogaを始める《10》                                       ……最後にみんなで、“ナマステ”と言うことに、抵抗感を持つ自分がいる。

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     自分でも、不思議に思うのだが、Yoga教室に通うことを決めた時、マニュアル本を二冊(うち一冊はDVD付)、購入したのだが、実はあまり読んでいない。それに、Wikipediaをプリントしたが、これもしっかり目を通していない。Yogaの歴史や、意味、あるいは、宗教的な色合いとどう折り合いをつけるのかといったこと(オウム真理教との絡みでいえば、つまりオウム以後ということだが、Yogaを率先してやっていた人たちは、偏見の視線に曝されたことは、確かだ)など、まったく、こだわりもなくやり過ごしたかといえば、必ずしもそうではないが、とりあえずは、どんな予見も抱かずにYogaに向き合ったことは断言できる。それは、けっして、強がっていっているのではない。友人たちに、Yogaを始めたというと、“あゝ、あのオウムのか”という反応が何人からもあった。だが、オウムを狂信的な犯罪集団として断罪するだけでいっさい排除するという考えを、当時から、わたしは持っていなかった。自分自身、Yogaというものに、まったく偏見がなかったといえば、ウソになる。神秘性や、自己をめぐる観念の諸相に対する好奇心といったものをまったく持ったことのないわたしである。自分が在る、関係性が在るということは、実体性とともに観念性を孕むことであるということは否定しない。しかし、なんといっても、手触りの感覚こそがリアルなこととしてあると思いながら、わたしは年月を重ねてきたつもりだ。だから、Yogaも、わたしにとって、遠い存在としてあったのだ。それを、いま毎週一度、実践している自分を実に不思議に思う。
     まだ、わが教室の講師の方がいう、いうなれば、肩の力を抜き、気持ち良い呼吸をしながら自分の身体と同化していくという境地には、なかなか、なれないでいるが、それでも、まあ、遅々としたものでしかないが、少しでもそういうことになれればと、考えている日々である。
     だが、いまだに、最後にみんなで、“ナマステ”と言うことに、抵抗感を持つ自分がいることに茫然とせざるをえない。

    2015.06.09 Tuesday

    Yogaを始める《9》                                        …………身体的に、なにか、効果があらわれていることがあるのかなと思わないではないが、とりあえずは無心に。

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       そろそろ、慣れる頃だろうと思わないわけではない。それでも、Yogaというものに関しては、慣れればいいというものではないだろうと、自分にはいい聞かせているつもりだ。毎回、少しずつ、違うバリエーションが挟まれる。その度に、うろたえてしまうから、自分の身体反応の鈍さには、情けなくなる。まあ、無理にうまくやろうなどということは、考えていないから、素直に反応出来る範囲で身体を動かすしかないと割り切っているつもりだ。
       しかし、一週間は早い。そして、今日で九回目となるのだが、半年ぐらいやっている感じがしてくる。考えてみれば、定期的に通って何かをするということを、これまで一度もしてこなかったから、一度も休まずに通っていることに対し、ほとんど、奇跡に近いことだとわれながら思う。Yogaを始めてみて、楽しいと思ったことは、いまのところ一度もない。むしろ、苦行に近いと感じながら動かしている時があるから、なぜ、休まずに通い続けているのか、自分でもよくわからない。まあ、教室の雰囲気が、わるくはないということに尽きるのかもしれない。今日も何度か、講師の方に、身体の動き方を注意喚起してくれるが、だからといって、落ち込むことはない。まあ、自分は身体を動かすことが苦手だったのだから、いろいろ指摘されても、納得するしかないのだ。
       それでも、身体的に、なにか、効果があらわれていることがあるのかなと思わないではないが、まあ、無心の状態で、とりあえず持続することに心がけようと思っている。

      2015.06.02 Tuesday

      Yogaを始める《8》                                        …………うまく、やる必要はないにしても、どこかで、少しだけ、動きと息遣いのバランスだけはどうにかしたいと考えているのだが。

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         なぜか、カラダの反応は、微妙にその時々の状態を示しているような気がする。なんのストレスもなく、体調的な不具合もないのに、うまく反応しないということがあるということだ。先週出来た片足立ちが、今日は、全然駄目だった。それと、終った後、それほど疲れた感じはしなかったが、帰宅後、夜まで、思いのほかカラダに疲れが残っている。Yogaというものは、つくづく不思議な行為だと思いつつも、いまごろになってカラダを酷使(!)することに、わが身体が、どう反応していいのかわからないのかもしれない。とはいえ、一週間という時間が過ぎて、火曜日になると自然にYoga教室へ行こうとする自分がいることを認めざるをえない。わたしは、運動系はもちろんのこと、みんなでなにかを一緒にやろうといったことをなるべく避けてきたといっていい。例えば、読書会とか研究会といった類のものに参加したことは、これまで、一桁の前半の数字の回数だ。
         いま、わたしたちが参加しているYoga教室は、講師の方や参加されている方たちには申し訳ないけれど、あまり、気を使うことなく気楽に参加できる雰囲気を漂わせているからだと思う。もしかしたら、Yogaというものは、一人ひとりの気楽な振る舞いを許容してくれる行為なのかもしれないし、講師の方の強制するわけではない、一人ひとりの行為を尊重する姿勢によるからといえなくもない。
         うまく(どういう状態を、そのようにいうのかはわからないが)、やる必要はないにしても、どこかで、少しだけ、動きと息遣いのバランスだけはどうにかしたいと考えている。
         結局、また来週になれば、冷静な感覚を忘失し、四苦八苦するに違いないが。

        2015.05.26 Tuesday

        Yogaを始める《7》                                        …………とにかく、持続させることと自分に言い聞かせながら、カラダを動かしていく。

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           今日は、サンダル履きで向かった。妻が、下駄の音がうるさいというからだ。たぶん、脚力のオトロエ(当然のことだ)が、下駄に負荷が掛かって来たからではないかと思う。以前は、下駄で歩くことの爽快感のようなものを感じていたのだが、このところ、確かに下駄ばきで長い時間歩いていると足がだるくなってきていたのだ。もしかしたら、サンダルの方がYogaに際し、いいかもしれないと、あざとく考えて決断(大げさかもしれないが)したことになる。そんな、ちょっとしたことで、辛さを軽減できるのではないかという魂胆が、実は、今日はヨカッタのだ。片足で立つポーズが二回あるのだが、最初の方で、ともかくも、片足で立てたのだ。そんなことぐらいで喜んで、どうするのだといわれそうだが、自分では、結構、感動したのだが、なんのことはない、重心の掛け方に少しだけ気を付ければよかっただけなのだ。後の方の片足立ちは、完全に諦めている。わたしと同じように断念している人たちも何人もいたから、めげることはないのだ。なんだか、だんだん、後ろ向きの記述になってきたから、やめよう。それにしても、参加者がこのところ20人ほどで一定している。続けていくことは大事なことだといいたくなる。なんだか殊勝ないい方に聞こえそうだが、とにかく、持続させることと自分に言い聞かせながら、カラダを動かしていこうと思っている。

          2015.05.19 Tuesday

          Yogaを始める《6》                                        …………物足りないのではありませんかと問われて、応答に苦慮して、答えた言葉の陳腐さに滅入っている。

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             今日は、めずらしく余裕を持って家を出て、ゆっくり歩きながら、スポーツセンターへと辿り着く。早朝、雨模様だったので、また、火曜日が雨かと思ったのだが、曇り空ながら、蒸し暑い気温のなかを歩いたことになる。先週の金曜日から昨日まで、某所で過ごし、なんとなく気分が落ち着いた感じで、今日を迎え、Yoga教室に入ったのだが、どうも、身体がだるい。毎回そうなのだが、少しずつ、新しいメニューが挿入される。それが、実にアクロバティックなポーズで、どうにか、やり過ごすのだが、そのうちに、身体全体が重い感じがしてならない。つまり、こうだ。そもそも、身体を動かすこととか、スポーツ的な行為(卓球教室なるものに、数回、通ったぐらいなのだ)をいっさいやったことのないわたしが、65歳にもなって、Yoga教室に通うなんて、無謀なことだったのだ。高を括っているわけではない。なんとかなるだろうぐらいの楽観的な思いがないではなかった。イメージしていたYoga的ポーズができるわけではないことを前提のうえで、自分でできる範囲でやってみようと思ったに過ぎない。
             しかし、今日は、ともかく身体が重くて、辛いのだ。なんのことはない、某所で過ごした間のことが問題だったのだ。じつは、かなり高台に住まいがあって、バス停や買い物の場所には、住まいから行く場合(以前は車を持っていて妻が運転していたのだが、何年も前に、車は処分し、やがて妻も運転を止めることにしたのだ。自宅から某所へは、3時間かけて、電車とバスとTAXIを利用して出かけている)は、ほぼ、15分ほど、下っていき、帰りは、20分以上登って行くことになる。初日、バスで某所がある場所に着いた時は、買い物をした後、飼い猫も一緒なので、TAXIを利用して、登る。帰途は、荷物をリュックに入れ、猫の籠を持ちながら、バス停まで歩いて下っていく。結局、その時の筋肉疲労が快復しないまま、Yoga教室に行ったことになる。
             身体の衰えを嘆いているのではない。猫だって、この間の往復で疲れ切っているのに、自分たちは、普段と変わらない気分で教室へと出かけたのであれば、少々、楽観的過ぎたということなのだ。今後も、スケジュール的に同じパターンがあるはずだ。思案のしどころというべきか。終了後、例のごとく、マットの片づけに専念する。
             今日の、講師の方との応答は、こうだ。なんか、物足りないのでは、ありませんかと問われる。きっと、辛そうな顔つきが、不満そうに見えたのだろうか。そんなことはないな。妻は、講師の方の外交辞令だよという。そうかもしれない。わたしは、すぐに講師の方に切り返すことを忘れなかった。とんでもありません。お腹がいっぱいで、はちきれそうですと。いま、こうして、記してみて、どうにも慌てふためいた結果の陳腐なメタファーだったなと、後悔している。

            2015.05.12 Tuesday

            Yogaを始める《5》                                        …………なにかを始めた以上、あれこれ考えずに、淡々と素直にやればいいだけなのだが。

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               連休のため、二週間ぶりのYoga教室である。今日は、前回よりやや少な目で十五人ほどか。今回は、教室内の場所を思いきって変えてみた。いつも、入り口の近くで、新参者ですが、よろしくお願いしますといったところで、やっていったのだが、奥の方へと移動し、これまでと講師の方の動きを反対側から見る位置になった。だからというわけではないが、幾らか、スムーズに体が動くような感じを持ったのだが、冷静に考えれば、そんなことはない。そういえば、講師の方がいつもいう、他人と競うことなく、自分のできるかたちでやってくださいという言葉の内奥が、だんだん、身に付いて来たように思う。うまくやろう(そんなことは、もともと100%無理なことなのだ)とか、うまく出来ないのが恥ずかしいとか、女性が多いから、気が重い(男だけの方が、もっと気が重いとは思うが)といったことが、あまり感じなくなってきたのは、確かだ。身体の幾らかの慣れと場所の雰囲気への素直な感応のようなものが出来つつあるのかもしれない。これは、講師の方の気さくな立ち位置に接しているからだと思う。ともかく、なにかを始めた以上、あれこれ考えずに、淡々と素直にやればいいだけなのだと、自分自身に言い聞かせている。いい聞かせなくても、淡々と出来るが日が訪れるかどうかは分からないが。

              2015.04.28 Tuesday

              Yogaを始める《4》                                        …………力まずにやれるかということ、それが肝要なのだと思うのだが。

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                 昨夜は、遅くまで友人たちと飲んで、今朝、やや二日酔いの状態で、Yoga教室へ向かうことになった。先週か、先々週だったか、講師の方が、今日は二日酔いでといいながら、いつも通りの見事なレクチャーをしてくれたので、終った後に、率直に思ったことを、聞いてみた。初めは、なんか、快復してくるような気分がしてきたけれど、後半はきつくなって大変だったと。講師の方いわく、ひねりのポーズは効きますが、片足で立つポーズは、厳しいかもしれませんねと、仰る。そういわれて、驚いた。通常でさえ、片足で立つなんて、とてもじゃないが無理なのに、今日は、堂々と手抜きをしたのだ。丁度、講師の方が、わたしたちに対して後ろ向きになっていたのを幸いに。わたしは、表情ひとつ変えずに、そうですねという感じでうなずいたのだが。
                 今日も、率先してマットを片づけることに徹した。別に、格好をつけているわけではない。せめて、それぐらいのことしか、いまは、Yoga教室に通っていることの意味がないからだ。わたしは、なにかを極めようとか、なにかを達成したいとか、これまで思ったことがない。ましてや、健康のためというように、なんとかのためというのが、最も嫌なことだと思っている。
                 自分が生きて在ることは地続きのことだから、日々のことを、つまり、一日一日を刻むということをしたいだけなのだ。Yogaも、酒を飲むことも、本を読むことも、映画を見ることも、人と語ることも、わたしは、すべて同じこととして考えている。
                 だが、それにしても、Yogaは、わたしにとって、まだ、ハード過ぎる。それをどう、力まずにやれるかということ、それが肝要なのだと思うのだが。

                2015.04.22 Wednesday

                Yogaを始める《3》                                 …………手抜きをしたくなるのは、いけないことなのだろうか。

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                   どうしても21日中に仕上げねばならないものがあって、半徹夜状態で、今朝、終ったところだ。だから、いま、昨日のことを記していることになる。二回とも、ほぼ帰宅とともに記していたから、新鮮な記憶のもとに文章を紡ぎだせていたが、一日近く経つと、もう怪しくなっている。背中がやや痛いことと、足がだるいぐらいで、昨日の痕跡は頭の中にもあまり残っていない。困ったものだ。どうにかして、何行かでも記してみるつもりだ。三度目の正直というのか、昨日は、久しぶりに晴れた状態で、余裕を持って家を出たから、心地よい散歩の気分で、市民スポーツセンターに着いた。参加人数は、これまでの最高で二十人近かった。定員が二十五名のようだから、かなりの出席率ということになる。淡々と進んでいくうちに、講師の方が、新しく参加した方に、Yogaは競い合ってやるものではないから、きれいにやろうとか、うまくやろうとは思わず、自分なりに出来る範囲でやってくださいと、軽い感じで注意喚起する。確かに、そう思うのだが、やはりなんとか様になるポーズをやろうとする。そうすると、また、足がつってしまった。ふと、思ったことだが、できないかたち(ポーズ)を無理にやることはないのだから、手抜きをしてもいいのではないだろうと思ってしまうのだが、それは、やはり、いけないことなのだろうか。

                  2015.04.14 Tuesday

                  Yogaを始める《2》                                          …………素直に楽しめばいいのにと思うのだが、アタマがカタコリなのだ。                                           

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                     雨模様の中、やはり今日も下駄ばきで、傘を差しながら向かった。到着してみると、さすがに、足は濡れた状態。二日目(実質、三度目)のYoga教室だが、正直にいえば、やや緊張する。今日は、前回より多く十五、六人ほど集まっていることもあるが、間違いなく、わたしが最年長でしかも、まわりは、妻を除けば、遥かに若い女性たちに囲まれるというのは、けっして気分のいいものではない。肝心のもう一人の男性は、いつも遅れて参加するから、初めはわたしだけの黒一点となる。
                     始まるときの講師の方の言葉は、無心になり力を抜くことを勧めるのだが、どうしても、あれこれと頭の中を雑念が過っていく。個々のやり方でいいのだといわれても、自分なりにやることもできず、とりあえず、講師のポーズを手本にやってみるが、ストレッチはおろか、身体を動かすことさえしてこなかったわけだから、手を伸ばしたり、背中を伸ばしたりするだけで、あちこちが痛くなる。
                     片足で立つポーズなんて、いつ転んでもおかしくないようなふらつきなのだ。
                     やはり、途中の休憩で、へたり込んでしまった。ともかく、一時間の苦行(そう思ってはいけないことはわかっいるつもりなのだが、実際、そう感じているのだから仕方がない)が終わり、ほっとする。マットの片つげを率先してやる。つまり、五、六枚まとめて持って収納場所へしまうのだが、講師の方に、まだ、(チカラが)余っているようですねと言われ、こちらの方がずっと楽ですと言ってしまった。結局、わたしは、どこかで自分のスタイル(と思いこんでいるもの)に固執しているだけの小心な奴なのだ。素直に楽しめばいいのにと思うのだが、頭の中も肩こりの状態のようだから、しばらくは、淡々とやっていくしかないだろうなあ。



                    2015.04.07 Tuesday

                    Yogaを始める《1》                                  ………健康志向になったわけではないが、とりあえず、カラダを動かすことになった。

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                       カラダを動かす、鍛えるといったことが、嫌いで苦手としていたわたしが、なぜか、Yogaを始めることになってしまった。切っ掛けは、妻から、わたしたちが居住するK市の市民スポーツセンターでYoga教室をやっているけど、四月から行ってみないかと提案されたからだ。妻は、普段から健康や体型的なことを気にしていて、Yogaのようなことをやれば、幾らか効果的なのでは思ったようだ。これまでも、早朝散歩や、NHKTVを見ながら、懐かしいラジオ体操のようなものをやってきたから、さらに、鍛練したいと考えたのは当然のような気がする。
                       これまでなら、一人で行ってきたらというところを、ふと、その気になってしまったから、自分でも驚いている。いろいろとそれなりに理由をあげてみることができないわけではないが、体調が悪くても、医者に行ったり、健康に留意しようなどと思ったこともなく、長年過ごしてきたわけだから、別に急に性格が変わり健康志向になったわけではない。二月に、それなら一度、見学させてもらおうと教室に出かけてみたら、実際にやってみてもいいですよと、講師の方にいわれるままに、見よう見まねで体を動かすこと一時間。とてもじゃないが、こんなポーズ(といっていいのかわからないが)は、無理だと思いながら動かし続け、最後はマット(というのかな)の上でへたり込んでしまった。結局、このまま、断念するのも悔しくて(と思ってしまうから、自分の脳内の反応がよくわからない)、四月から一カ月単位で申し込んでしまったのだ。
                       そして、今日が初参加日。ユニクロでそれ用のスラックスを買い、小雨模様の中、下駄ばきで歩き、20分ほどで市民スポーツセンターに着く。11時からの開始なので、2〜3分程前に教室に辿り着いたのだが、10時からの部が延びているようで、開始は、11時5分過ぎからだった。名簿を見ると二十人ほどの人数が申し込んでいるが、参加しているのは、男性がわたしを含めて二人、女性が十人ほどだ。そういえば、Yogaの本を購入しようと書店に行ってみたら、女性医学と冠されたコーナーに置いてあって、Yogaは、女性のものなのかと錯覚して、怯んでしまったけれども、決めた以上はやってみようと、奮い立たせたものだった。終ったのが、12時過ぎ、前回ほどではないにしろ、ともかく疲れてしまった。リラックスして、ゆっくり呼吸を吐いてという、講師の優しい声が、ほとんど耳のそばで止まり、それを身体へと稼働させることなく終わったことになる。
                       帰り際に、女性の参加者に“お疲れ様でした”と声をかけられたり、講師の方に、これに懲りずに続て来てくださいねと、いわれると来週も顔を出してみようかな思ってしまうのが、わたしの気の弱さかもしれない。

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