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2006.07.01 Saturday

プレスリーで盛り上がる首長を見て思うこと

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     7月1日である。別に心改まってなにかを綴ろうとしたいわけではない。ワールドカップ・サッカーの喧騒もNIPPONの惨敗によりいくらかおさまりつつあるなか、アメリカで脳天気にはしゃいでるわが国の首長の顔をTVのニュース映像で見て、憤りすら起こらない気分だ。この空疎な首長にわたしはこれまで、行く末を託してきたつもりはまったくないから、なんの感慨も浮かばないとしても、しかし、自由に競争した結果、格差が生じるのは避けられないものだと平然と嘯くこの自己中心主義者を熱心に支持してきた多くのサポーターがいたことは、事実だったし、そのことの事態を考えるとわたしは、暗澹たる思いになる。だが、見た目に対してただ熱狂する事態は、この国ではこれまでもよくあることだ。サッカーへの熱狂が鎮静化するように、あの脳天気な首長への熱狂も確実におさまりつつあるはすだ。

    2006.06.07 Wednesday

    最近の〈事件〉に思うこと

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       いろいろなことが、生起していて、そのことに対して様々なことを思う。どのことから触れるべきだろうかと考え、逡巡してしまう自分がいる。饒舌であることは危ういよと、囁く声が聞こえる。だからといって、沈黙や無関心は、わたしにとって納得できないものだ。とりあえずは、“故郷”で起きた事件に、なにかをいうべきかもしれない。
       水死した少女の母親が、逮捕された。TV、新聞、週刊誌といったメディアの相変わらずのファシズム的報道に、辟易している。事件を喚起しているだろう人物をひとつの鋳型に押し込め、やはり、自分たちとは違う異常な人格だったと安心させる(あるいは、安心する)。娘に対して愛情が稀薄だったと喧伝されるこの女性の、日常的な振る舞いと、わたしが電車に乗って出会う若い母親や、街中で見かける若い母親の振る舞いとそんなに違いがない印象を与えるのだ。年長のものにとっては、親が子に対する定型的な接し方はとうに解体しているのだと思うべきだといっていい。なにをもって、逮捕された母親だけが、殺人を犯したであろうと推察させる特別な性格や資質を持っていたというのだろうか。
       誰にでも起きうることだし、誰にでもふりかかることだと、わたしは、〈事件〉というものが生起するたびに、いつも思っている。

      2006.05.03 Wednesday

      〈声〉としてのジャズ

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         ジャズを聴くようになったのはいつからだったろうかと考えると、なにかいいようのない想いが湧き上がってくる。誰にでもある青春期の残像のようなものを記憶として紡ぎださなければならないからだ。アドレッセンスとしてのジャズといえば、ありきたりないいかたでしかないかもしれないが、わたしの場合、確かにそうとしかいいようのない体験しかもっていないのだ。三十八年前、上京。住いは、国分寺。「野人舎」と、住人たちが勝手に名づけた古い長屋のようなアパートで暮らしはじめた。そこは、不思議な場所だった。まだ十八歳だったわたしが最年少で、最年長がたぶん二六、七歳で、一人を除き全員学生だった(ただし、予備校生はわたしだけだった)。アパートの住人たちとの交流は、いろんな意味で、わたしに大きな影響を与えてくれるものだったし、悲痛な感覚でいる自分を慰藉してくれる関係性だったといってもいい。しかし、実際は日々怠惰、日々惰眠という生活だった。そんなかで、なぜか、ジャズと、クラシック音楽をかかさず聞くようになっていた。やがて、近くに出来たジャズ喫茶店にほとんど毎日通うようになる。
         『M』という名のジャズ喫茶店は、普通の喫茶店がジャズを音楽として流し続けているといった感じの店だった。通いつめた目的はふたつ。モーニングサービスがあったことと、スポーツ新聞を見て、週末の競馬の馬券検討をするためだ。いつしか、店のマスターと親しくなり、わたしは、わたしの友人とともに一緒に飲みに連れて行ってもらったり、麻雀をしたり、競馬場へ行くようになった。そして、そんな関係から友人は、マスターの信頼を得て、『M』でバイトをするようになる。わたしは、依然、客としてふるまい続けていた。そんな中で、聴き続けていたジャズは、わたしにとって、日常的なものとなっていく。
         実はジャズに関してそれほど知識があったわけではなかった。それでも、知人をかいし、ふたりのジャズ・ミュージシャンを知ったことが最も大きな契機になったといってもいい。そのことで、ジャズがより身近なものになったのだ。それは、ジョン・コルトレーンとマル・ウォルドロンだ。故郷に帰った「野人舎」の仲間だった人が、雑誌「ジャズ批評」にコルトレーンに関しての文章を寄稿していた。その時点でわたしは、コルトレーンのことを知らなかった。シュティルナーの翻訳者、片岡啓治氏から、ウォルドロンを教えてもらった。コルトレーンのテナー・サックスからは、まるで、切ない歌〈声〉が聞こえてくるようだった。ウォルドロンのピアノの音は、まさしくビリー・ホリディの歌〈声〉を再現しているかのように思った。数年前、綾戸智絵のライブを聴いた。彼女の〈声〉は楽器を奏でているかのようだった。わたしにとって、ジャズとは、〈声〉だった。切なかったり、苦しげだったり、柔らかさだったり、様々な〈声〉だった。〈声〉はひとつの表明であり、意志であり、生き方だと思う。〈声〉は聞こえてくるものではなく、聴こうとするものであり、あるいは聴かせようとするものである。わたしは、そういう〈声〉たちの場所を求める。

        2006.04.25 Tuesday

        「理想」の可能性

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           「理想」という言葉は、なにやら青臭いイメージが付き纏っているかもしれない。しかし、なんの衒いもなく率直にその言葉を発することができるとしたら、それは確かにすばらしいことに違いない。

            いまの僕は、人を評価する時「人間力」で判断します。人間力とは、理想の可能性を考える力があるかないかということです。ある職業に就いて10年、20年経てば専門家になれます。才能なんて意味がない。たとえば、学者を10年やったからといって偉いということはない。人間の理想とはなんだろう、あるいは、理想の可能性はどこにあるんだろうと考え、そういう道筋をつけながら自分の専門の職業に関わっている人の「人間力」を、評価したいと思います。(吉本隆明「『理想』の可能性」)

           八十歳を過ぎて、なおもこのように述べることができることに、わたしは深い感慨を覚える。「理想の可能性」といういい方、「人間力」という捉え方、そして、「職業」というイノセントなたて方、どれも、言葉が際立つということは、こういうことをいうのだ。
           そして、わたし自身はというと、まだまだ入り口で立ち往生しているに過ぎない。

          2006.04.23 Sunday

          始まり。

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            ブログをこうして開始する前に、実は、トレーニング的な公開日記をやった。以下はその文面・1。

            日々のことを記すのは、やはり逡巡する。メモ程度に出来事だけを記述するということを、これまでやってきたとはいえ、いざ、身辺についてなにかを記述するというのは、気が重い。……仕事で、2000字ほどの文章を書き終えたこともあって、どうも気の効いた言葉が出てこない。要するに、こんな(失礼!)、公開を前提とした日記(ブログの類い)が、伝播し、支持されていることに戸惑いつつ、自分までもそれに乗ってしまったことに驚いている。
            とはいえ、とりあえず、着手した以上、何かを記さねばと思い、考えついたのは、TV画像に映った、小泉と小沢についての所感を述べてみることだった。つまり、例の千葉の参院補選のことだ。ワン・フレーズのコイズミは、いつになくボルテージがあがっている。まもなく首相・総裁(本当かな―続投も何パーセントかはありそうだが)の座を辞す予定の人物とも思えない沸騰の仕方だ。憎き田中派の最後の象徴と認識しているからだろう、なりふり構わない、小沢個人攻撃だ。それは、彼の皮相さを表わしているといってもいい。一方、小沢は、わたし変わりましたスタンスだ。しかし、よく見ると、なにも変えていないことが、よく分かる。そこが、彼らしいところだといっておこう。
            いったい、なにをいいたいのかといえば、結局、デモクラシーというものは、選挙によって民意が反映されるものだと、思うことが、既に崩壊したテーゼであることを、了解すべきだといいたいのだ。みんなに(特に千葉の選挙区の人たちに)、棄権を呼びかけたい。そして、投票率、50%を切った選挙はすべて無効にして、その選挙区の議員をゼロのままにしておくということだ。それが、最も民意を反映したことになる。政治家なんて、一人もいなくても、わたしたちは生きていけるのだから。(06.4.21記)

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