夏石番矢 世界俳句協会編『世界俳句2008 第4号』(「図書新聞」08.3.8号)

 かつて衝撃的な第一句集『猟常記』をもって、高柳重信の、あるいは安井浩司の若き継承者と目された俳人・夏石番矢は、当然のように俳壇的な世界と一線を画しながら、その後も精力的な活動を続けている。前代未聞の俳句ブームに乗って、俳句の国際化といったムーブメントも起きているなか、しかし、そういった平板な位相ではない独自の「世界俳句」というものを指向して、夏石は、二〇〇〇年九月に世界俳句協会なるものを設立した。わたしの記憶に間違いなければ、確か、夏石は学際的な場所では、比較文学が専門領域のはずだ。日本固有の俳句表現を、世界的な詩表現と比較し、どう拮抗しうるのかと思考していくのは必然的なことだったに違いない。世界俳句協会誌として〇四年十一月に創刊され、本集で第四号に達した。内外の百五十人以上の俳人の作品とジュニア俳句作品が収載されている。夏石は、「世界俳句の未来」と題した論稿のなかで次の様に述べている。
 「その起源において、詩は神話や説話よりも短かった。日本神話で、最も目覚しい英雄は、スサノオとヤマトタケルであり、両者とも短詩を詠んでいます。(略)とりわけ、ヤマトタケルは、筑波の道、すなわち俳句の道の創始者として考えられています。」
 短歌は、和歌へと遡及し、さらには記紀歌謡の世界へとその淵源を求め、時間性のもつ豊饒さによって、俳句との差異化を図る場合がある。歌会始とした祭儀は、あたかも、短歌が天皇制の詩型となっていることの証左であり、それが表現水位を保持することになるのならいいが、必ずしもそうではない。短歌も俳句も「短詩」として括るなら、夏石がいうように、なにも子規以降の近代俳句をその始まりとする必要もないし、芭蕉をもってその始祖とする必要もない。夏石が提示するように記紀神話の豊饒な歌謡世界へと淵源を求めることは否定するものではない。保田與重郎は、芭蕉のなかに記紀神話の影響が色濃くあると捉えていたし、俳句表現を拡張した時間性に置き換えて見直すことは、現況の弛緩した俳壇情況を考えれば、必要なことのように思われる。夏石は、こうも述べている。
 「私の最高の喜びは、日本からのみならず、海外からの、詩として豊かな俳句を詠んだり、訳したりすることであり、最低の悲しみは、詩として貧しい俳句を受け取ることでした。」
 外野席からは、俳句を詩として捉えるなら、詩を書けばいいじゃないかと、声が掛かりそうだが、それは転倒しているいい方だ。江戸期の漢詩が知識の披瀝の象徴だったことを考えれば、いわゆるわたしたちがいま考えている「詩」のかたちの祖型は、西欧や大陸からの移入である。オリジンなものは詩を拡張した表現として見做すことから始めるべきだ。詩形式の表現だけがポエジーを有しているわけではないし、短歌も俳句もすべて詩性(あるいは詩魂)を包含しているのだ。
 夏石が、世界俳句へとその指向を定めたのは、あまりに「詩として貧しい俳句」が俳壇という狭量な場所で跋扈しているからだと思う。(七月堂刊・08.1.30)

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