一昨年のことだった。『志水辰夫めもらんだむ』というサイトの掲示板に以下のようなことをわたしは書き込んだ。

 【新潮文庫版『裂けて海峡』について】
 志水さんの著作は、単行本を所持していても文庫化、再文庫化に関わらず、すべて購入してきました。確か以前、誰かが文庫化の時、志水さんはかなりの改変を行っていると書いていたと記憶していましたが、作家としてそれは当然だと思うし、わたしはいままで、検証(おおげさな言い方ですが)はしてきませんでしたが、今回、ふと思い立って、なにげなく講談社文庫版と較べて見ました。
 最終行です。
 「南溟。八月。わたしの死。」(講談社文庫版)
 「南溟。八月。わたしは死んだ。」(新潮文庫版)
 そんなのどっちっだて、同じじゃないか、という声が聞こえてきそうですが。わたしは、わずかな言葉の改変でこんなにも違うイメージを与えるのかという思いです。 ― 2004.8.31

 わたしの、書き込みを切っ掛けに、ちょっとした論争がこの掲示板で沸き起こり、ついには、志水辰夫が『ラストの改変について』という文章をサイト上に発表した。わたしは、なにもここで自慢話をいいたいのではない。いずれこの作品について具体的に触れるつもりでいるが、かつて読了した時、名詞止の最終行が、物語の終景とともに強い印象を与えていつまでも脳裏から離れなかったから、「死んだ。」という書き方に一瞬、戸惑っただけにすぎない。いまここで、志水の文章を詳述はしないが、志水自身、名詞止にしたことをずっと逡巡していたことが、分かった。もともと、「死んだ。」としたかったのを「死。」としてしまったことをだ。志水にしてみれば、改変ではなく、もとに戻したという気持だった述べている。

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