ジェラール・ド・ネルヴァル 著
ジョゼフ・メリー 著 藤田 衆 訳『ハールレムの版画師』
(「図書新聞」09.5.2号)

 本書は、『火の娘』(1854年刊)や、『東欧紀行』(51年)、『オーレリア』(55年)などで知られる十九世紀フランス文学を代表する作家・劇作家・詩人ネルヴァル(1808〜55)の戯曲である。訳者によれば、「当時の演劇は共作である事が普通であ」ったため、「ほとんどの戯曲作品は『ネルヴァル全集』などにも収録されず、今まで翻訳される事もなかった」という。原著は1851年から52年にかけて二度出版されたもので、本邦初訳である。
 『ハールレムの版画師』は、1851年12月27日、パリのポルト・サン=マルタン座で初演された。主に韻文部分を担当したと思われる共作者のジョゼフ・メリーは、「ネルヴァルが初めて狂気の発作を起こし(引用者註=1841年頃から発作に見舞われ、最後は下水道の格子で首を吊って自殺されたとされている)、転地療法と作品の取材をかねて近東地方に旅行した時にマルセイユで出迎えて歓待してくれた古くからの友人」であり、当時はジャーナリストとして著名であったという。ゲーテの『ファウスト』の紹介者としても認知されていたネルヴァルは、既に「ファウスト断片」(本書の巻末に収録)という草稿があり、「主題そのものはネルヴァルが長年暖めて来たものである」といえそうだ。『ファウスト』から喚起されたとはいえ、『火の娘』の著者ならではと思わせる作品構成をこの戯曲作品は示している。『火の娘』集中の、例えば、「シルヴィ」という作品は、回想譚のようであり現実譚であるといった独特の時間構造を持ち、夢想と幻想に彩られながら、「失われた恋」、「過ぎ去った恋」を悔恨するというものだ。
 本戯曲作品もまた、ヨーロッパを横断しながら、版画師(印刷技術発明者)をめぐって、夢想と幻想の只中で、秘められた愛のかたちを描出している。
 ハールレムは、オランダの北ホラント州の州都であり、歴史ある都市でもある。印刷技術の発明者をめぐっては、諸説あるようだが、ドイツ出身のグーテンベルグやシェッフアー、フストの名前が挙がっている。十五世紀半ば頃のことだ。本戯曲の主人公であるオランダ人ローラン・コステルが、最初の発明者という説もあるようだが、それは、違うようだ。ネルヴァルは、コステルを版画師の親方とし、グーテンベルグら三人(フストは、ファウストとしている)の職人とともに印刷技術を開発したという設定にしている。
 物語の舞台は、ハールレムで始まり、ドイツのアーヘン、パリ、スペインのパーロスそしてローマへと移動していく。時代性を考えれば、印刷というものは革命的なことだったといっていいだろう。写本から、大量印刷物に変わるだけでなく、貨幣の形態も金貨・銀貨から紙幣中心のものになる。もちろん、この戯曲が書かれたのは、さらに四百年後のことだ。といっても、産業革命が勃興して百年近く経っていた時期と重なる。急激な社会構造の変化と人間に内在する心性は、徐々に変容を強いられる段階に差し掛かっていて、ギルドのような徒弟制度に支えられた職人集団の崩壊ということが、現実化していたと思われる。ネルヴァルにあっては、当然、変容・変化に対する抵抗感のようなものを内発させて、印刷技術者を職人集団に設定し、さらには、ある意味、錬金術師のような、なにか呪術性を帯びて見られるというように、描いている。それはまた、抒情的なるものへの拘泥といったことも潜在させていくことにもなるといっていいかもしれない。
 物語の骨格は、コステルたち(妻と娘、そして弟子たち)とサタンとの相克ということになる。時間と空間を転換しながら、サタンは、ハーレム市長や大公フリードリッヒ三世、ルイ十一世、イザベル女王、チェーザレ・ボルジアのそれぞれの側近・腹心として身を変えながら、コステルの前に現れては、動揺させ、混乱させ、恫喝して、印刷技術者として登用されていくことを阻害していく。妻が既に亡くなっているにも関わらず、亡霊として存在させるのもサタンの力だ。それは、あたかも現実が、夢想と幻想の只中を横断しているかのような世界を描出しているといってもいい。そして、サタンの随伴者・アリラーもまた身を変えながら、コステルを惑わせる存在として登場するのだが、いつしか、コステルに対して愛を喚起していき、コステルをサタンの霊力から解放し、救済して物語は閉じていく。
 終景に近い場面でサタンとアリラーが対峙する言葉の往還は、劇的だ。
 
 サタン「俺に逆らうか」
 インペリア(引用者註=アリラーの化身)「そなたに逆らうのは/神に従うこと」
 (略)
 インペリア「そなたに逆らって私は立ち上がる。/わたしの隷属も、ついに、戦い
 のうちに終わる。(略)/愛が私の内に、今まで知らなかった姿達を明かしてくれ
 る。/冷たい接吻の悪魔よ!お前の連れ合いには/別の娼婦を選ぶがよい、愛する
 ことのない心を!」

 そして、インペリアは、「彼のために生きられた日々は幸いでした!/さよなら、コステル、さよなら!」といって消えていく。
夢想と幻想譚を通して、イノセントな愛のかたちを、ネルヴァルは、こうして清冽に描き出している。
(七月堂刊・08.12.25)

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