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2009.05.26 Tuesday

詩集『悪い神』を読む

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     まっさきに、装本(刻印のような題字とフランス装)と、詩集の表題に惹かれた。ペーパーナイフを使って、切り開いたなかから、詩人の「声」が、聴こえてきた。

     「光、光、/光の暴力がおまへを犯す、//けれど世界は変らなかつた、/おまへが啞の光につらぬかれ、歓喜に顫へてゐたあひだにも、//〈なぜならおまへは悪い神を信仰したからだ〉//そんな聲が聞えた気がした、」(「悪い神」)

     鮮烈な表題に、どんな換喩が込められているのだろうかと思い、表題詩に視線を向けてみた。わたしならば、“良い神”か“悪い神”かといった二元論的な発想はない、“神というものはすべからく悪だ”ということしか、イメージできないでいる。しかし、この詩人は、ある意味、寛大だといえる。もちろん、この寛大さの奥には、“変わらない世界”に対して熱い憤怒の“切っ先”がかまえられている。それでも、この詩人の憤怒には静かなる倫理性が内在していて、“切っ先”が天蓋を突き破ることを抑えているのだ。「光の暴力がおまへを犯す」、あるいは「啞の光」という詩語に象徴されるように、そこでは、極めて抑制された倫理というものを、わたしなら受けとめたくなる。それは、「なぜならおまへは悪い神を信仰したからだ」という言辞が、「なぜなら」という言葉を置いたことによって、静かなる倫理性といったことを、潜在させているからだ。

     「さはれ、さはあれ! と、きみは、/………/だから、だから! と、きみは書きつけ、/まだ行ける場所があるさ、と、きみは、」(「だから、だから、」)

     ひとつひとつの読点の隙間から、この詩人の「息遣い」が、聴こえてきそうだ。
     詩の言葉は、どこへ向かうことができるのだろうかと、問い掛けてみる。語りかけることの困難さは、詩の言葉であれ、伝達の言葉であれ、それは同じだと思う。言葉とは伝達の、つまり関係性の淡さを感受することの入り口なのだが、発語した瞬間、拒絶されることもありうる。それでも、語りかける方位というものは、あるのだろうか。この詩篇の詩人は、しかし、“まだ行ける場所があるさ”と発語する自分を受けとめている。

     「渋谷円山町のラブホテルの階段を/炎上する夕暮れの逆光に背を射られて/ひとり降りて行く少女/………/少女を待ってゐるのは誰なのか/少女をこヽへ連れて来たものは何なのか/………/渋谷円山町のラブホテルの階段を降りて行く少女//ひとりの場所へ/だれも共感することのない場所へ/大きな暗い穴の向うへ」(「渋谷円山町のラブホテルの階段を降りて行く少女」)

     「悪い神」の次に配置された、この詩篇に、集中、わたしはもっとも、感応したといっていい。ただたんにラブホテルと表記されていたなら、どんなイメージを持つだろうか。若者たちで溢れかえる渋谷という雑踏、その場所に隣接して乱立する円山町のラブホテル街は、だからこそ、不思議な感慨をわたしたちにもたらす。そして、“少女”たちが、ラブホテル街から立ち現れても、異和感がないという、その光景を、わたしたちは感知することになる。しかし、この詩人は、静かなる倫理の場所から、この少女(たち)を見据えている。“ラブホテルの階段を降りて行く少女”にとって、“ひとりの場所”や、“だれも共感することのない場所”は、“大きな暗い穴”であることを、告知する。
     だが、それは、少女だけに纏いついていることだろうかと、この詩篇に啓発されて、わたしは自問してみる。
     円山町のラブホテル街だけではない、ましてや渋谷という雑踏だけでもない、わたしたちが、いま現在すまう“世界”そのものが、“大きな暗い穴”なのではないかと、思えてくるような気がするのだ。

     本書は、著者にとって第五詩集となるようだ。「附記」には、こうある。

     「この集は七月堂の前社主 木村栄治氏の手で送り出される。氏は不治の病との闘ひのさ中にあり、余命の永からんこと、やり残された仕事を遂げられんことを祈つてやまない。想へば七〇年代より氏の姿勢から学ぶ機会は数知れず、感謝の言葉もない。/この集が氏の仕事の掉尾を飾る一つとして、ふさはしからんことを、そのやうなものとして、読者に届けられること願ふ。」

     本詩集には、「夏はてゝ―句会手帖から」と題して、著者の俳句作品が収載されている。そのなかから、数句、引いてこの稿を閉じることにする。

      葉櫻の葉に籠りたる火花かな
      獄にゐる友と眺めし敗荷かな
      苦悩てふ宇宙のありて初時雨
      それぞれの杭に佇ちゐる晦日鴨
      その冬の惨(イタ)みおほきを愛しをり

    ………………………………………………………………………………………………………………
    築山登美夫 著『詩集 悪い神』
    七月堂刊・09.3.10・46判変形・88P・定価[本体2200円+税]


    2017.06.15 Thursday

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      コメント
      拙詩集への評、拝読しました。
      版元の七月堂よりプリントを送っていただいたのです。
      詩に批評のことばを届かせるのはむつかしいものですが、深い理解を文にして示していただいたことがわかって、うれしく思い、それをお知らせしたく存じました。 築山 拝
      • 築山登美夫
      • 2009/05/31 4:29 PM
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