ところで、わたしは落語を積極的に聴くことをあるひとつのことを契機として、止めていた。それは、1978年に起きた、いわゆる圓生一門による「落語協会脱退事件」のことである。周知のように、落語界には、ふたつの組織団体があって、大雑把にいえば、古典落語を演目の中心に据える「落語協会」と、新作落語も積極的に行う「落語芸術協会」がある。圓生一門は、当然、「落語協会」に属していた。圓生自身も長らく会長の任にあって、自らを範として、一門を越えて後継を育成してきた。長く職にあることを嫌い、柳家小さんに会長職を信頼して委譲。しかし、簡単にいえば実力主義か年功序列主義かというせめぎあいのなか、小さんは、幹部会の一部反対(圓生、志ん朝)を押し切って、“真打”の大量昇進を決めてしまったのだ。落語界の将来を考え、徹底的な実力主義を提起する圓生にとっては我慢ならないことだった。俗にいう「真打乱造事件」(乱造といういい方をされるように、非は小さんたちにあるのはいうまでもない)という圓生一門が協会を脱退する事態を生起する。はじめは圓生の芸や主張に共感して、多くの噺家たち(志ん朝、円鏡、談志といった面々)が随伴する予定だった。しかし、小さんたちによる激しい切り崩しにあって、結局、圓生一門だけの脱退というかたちになってしまったのだ。なかでも、一番、可愛そうだったのは、志ん朝である。誰もが、その実力をもって圓生の真の後継者は志ん朝であるとされていたし、志ん朝本人も圓生を敬愛してやまなかった。圓生にしてみれば、自分の考えに志ん朝が賛同して随伴してくれたことが最大の決起した本意だったのだ(最近、読んだ本で知ったことだが、落語協会から離脱して新しい協会が立ち上がったら、その会長に、自分の後直ぐにでも志ん朝になってもらうことを決めていたようだ)。しかし、兄の馬生や寄席の席亭に説得されて、なくなく脱退するのを翻意する(苦渋に満ちた表情で会見した志ん朝の顔は、いまだに忘れることはできない)。数年後、志ん朝はライブで、枕として、相変わらず真打が大量に昇進してしまっていると、皮肉交じりに話している(最近、CDで確認した)。忸怩たる思い、いくばかりのものだったろうか。ついに会長職(結局、小さんの長期政権が続いていた)に就くことなく副会長のまま、ひたすら芸に精進してきた志ん朝の早すぎる死の遠因は、そのことが潜在し続けていたからだとわたしは思っている。
 1979年9月3日、79歳の誕生日に小噺『桜鯛』を演じた直後、心筋梗塞で圓生は急死する。わたしは、唯一、圓生を亡くなる数ヶ月前、ホール落語(すべての寄席から締め出されていた)だったが、聴くことができた。しかもそれが、わたしにとって初めての落語ライブ体験であった。以降、わたしは、『圓生全集(カセットテープ版)』を購入、時々はかけて聴くというかたちの落語との通交が続くだけになった。

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少し前、義弟に勧められて京須偕充さんの『圓生の録音室』を読みました。圓生の落語は聞いたことがないのですが、名人ってこういう人のことをいうのだなと感じしました。その人の最後の落語を生で聞いたとは羨ましいです。
CDもビデオもありがたいけれど、やはり生は違う。同じ時代に生きて機会を持ちながら、「ああ聞いておけばよかった」と後から悔やまないように少しでも気になる落語家の高座には足を運ぼうと思っています。
  • 神尾
  • 2006/05/19 10:58





   
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