志水辰夫の最新短編集『うしろ姿』にはめずらしく、「あとがき」が付されている。しかも帯の惹句に、“著者最後の短編集”とある。なにか感慨深いものを感じた。
 「あとがき」には、こんなふうに書かれている。
「小説というスタイルそのものが、現代をとらえるにはもう適切でなくなっているのではないかという思いを捨てきれないのだ。(略)わたしの小説、とくにこの本に収めた作品などすでに過去のものである。過去のスタイルであり、過去の価値観という畑でつくりだした作物にすぎない。」
 かつて、内村剛介というロシア文学者が、ロシアの詩人の言葉を援用して「過去こそ未来」ということを述べていた。わたしは、その言葉をある障壁の前に立った時、自分が拘ってきたことへの迷いを振り払う膂力の根拠としてきたように思う。過去を見つめていくことで、はじめて、未来への通路が開かれていくことになるはずだと。あるいは、過去をただ思い出のごとく回想するのではない、凝視して、“いま在ること”を思うことによって、はじめて、明日か明後日ぐらいまで(数日先であっても、わたしたちにとっては未来なのだ)のことは考えていくことができるのだと。
 誰もが、自分が生れた時代を無意識のうちに背負って生きているし、とくに青春期のことが、その後、生起する様々な出来事に対峙する膂力の源泉になっていると思う。わたしは、いわゆる戦後生まれの世代だ。しかし、“十五年戦争時”のこと以上に、“十五戦争の後”ということを、親たちから、あるいは先行する世代が書き記したもの(もちろん、志水辰夫の多くの小説世界もそうだ)から、多くのことを教えられてきた。そして、わたしもまた微力ながらも、後の世代に、なにがしかのことを伝えてきたつもりだ。過去とは現在へ繋がるアクチュアルなものだという考えを、最近、しきりに思うようになった。確かに、時代の動きは拙速だ。しかし、変容は、表層の部分だけだとわたしは思う。その深層部は、見えにくくなっているだけで、そんなには違っていないと確信している。つまり、まるで網目のような〈戦争が露出した〉といういい方が、当て嵌まるように。〈戦後復興〉などというまやかしの言葉が、遠い西方の国に投げ掛けられている。だが、傷痕は深くて、すぐに消えるものではない。何十年かかっても、〈精神の復興〉はありえないといいたい。
 「トマト」の啓吉、「ひょーぅ!」の真幸と俊子、「雪景色」の康治、かれらの“戦争の後”の苦悩を、わたしはリアルなものとして読んだ。小説というものが、「現代をとらえるにはもう適切でなくなっている」かもしれない。。しかし、例えば、戦後の混乱期の模様をドキュメンタリー映像やニュース映像で、見せられたとしても、どれだけの若い人たちが感応するだろうか。ただ映像だけの力では、出来事の深奥を伝えきれるものではないと思う。そこにはやはり確かな物語がなければ伝わらないといっていい。だからこそ、小説による物語の力を、わたしは支持したいと思っている。瞬時に流れる映像よりは、言葉による伝達をという意味で。あれほど、携帯のメールに夢中になって言葉を紡いでいる若い人たちが、過去から得る言葉の物語を理解できないわけはないと思いたい。
 「あとがき」の最後を「この手の作品はこれが最後になります」と締めくくっている。読者としてはこういういい方をしてほしくないのだ。“この手”だろうが、“あの手”だろうが、志水辰夫が、紡ぎ出す物語は、どんなものでも、まるごと志水辰夫の物語なのだから。
 (本文は、05.12.28の「志水辰夫メールプラザ」に、掲載したものをもとに改稿した) 

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