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2015.09.19 Saturday

〈戦争〉という蛮行がいかに人間の心奥までも引き裂いてしまうのか            ――ポーランドを舞台にした鮮烈で深い印象を刻みつける物語

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    稲垣晴彦 著『夜霧のポロネーズ』
    (「図書新聞」15.9.26号)

     現在、〈戦争〉という文字が、至るところで露出している。七〇年という年月が、節目やメモリアルなこととして発信され、〈敗戦〉ではなく、〈終戦〉記念日という言葉で粉飾して〈戦争〉という事実を希薄化していく。極めつけは首相談話だ。どんな内容になるのか、そんなにも重要なことなのかと思わずにはいられない。談話の中味より、敗戦後七〇年間、アジアの諸国に対して、国家や政府はもちろんのこと、わたしたちはどう向き合ってきたのかが、本来、問われるべきことなのではないか。
     日本国政府に比べて、ドイツ政府(旧西ドイツというべきかもしれない)は近隣のヨーロッパ諸国に対し、真摯に戦争後の諸課題に向き合ってきたといわれるが、アウシュヴィッツという場所が、ポーランドにあることを知っている人はどれだけいるだろうか。アウシュヴィッツとはドイツ語読みであり、ポーランド語読みではオシフィエンチムである。ポーランドは、ナチス政権の支配下地域だったから、強制収容所が出来たことになるのだ。
     わたしはかつて、アンジェ・ワイダ監督作品の『灰とダイヤモンド』(58年)や『地下水道』(57年)によって、ポーランドという国が抱えた悲痛な時間性を知り、国家やイデオロギーによって生起していく〈戦争〉による犯罪に憤怒したといっていい。
     物語は、1965年という時代のポーランドを舞台にして、日本人男性・二人(多田慎一、斎藤栄三)と二〇代のポーランド人女性(クリスチーナ・ルドニナ)を交錯させていきながら、オシフィエンチムが抱えてきた暗部を浮き彫りにしていく。
     多田は、「日々新聞」ワルシャワ特派員で二四歳。赴任して一年目であった。本社の編集局長から、友人の男をポーランド滞在予定の一週間の便宜を図るように頼まれる。その斎藤栄三という名の友人は、東西文化交流会常任理事の肩書を持つ五十代後半の男であった。多田には、ワルシャワ大学日本語学科・二年生のクリスチーナという恋人がいた。彼女は夏季休暇を利用して、オシフィエンチムで収容所のガイドの仕事をしている。
     多田と斎藤が会った最初の日の夕食時、レストランのステージから、「現代風にアレンジしたポロネーズの前奏」が流れて、歌手が、「優しい微笑をたたえて歌い始め」る。「歌はビブラートに乗って、人々の波間に漂」い、「単純な甘いメロディー」であった。
     「それまで客席を覆っていたざわめきの波はいつしか消え、淡いグリーンに照明されたレストランは深海の底のようにシーンと静まりかえってゆく。ピアノによるポロネーズの独奏が響いてから再び歌へと受け継がれ、一転して寂しいメロディーになった。(略)人々は暗示にかけられたように手を休め、ある者はナプキンで目頭を押さえ、また、ある者はじいっと瞑想している。そんな中、斎藤だけは別であった。」
     やがて、斎藤は、曲名を聞く。多田は、「夜霧のポロネーズ」と答え、「悲しい歌です。この春の『ワルシャワ大学祭』の音楽コンテスト」で最優秀賞に選ばれたが「作者は匿名」だったと述べる。この「夜霧のポロネーズ」をめぐって、ミステリアスな展開をしながら、三人を暗渠のような「1942年8月25日」という場所へと誘いこんでいく。
     物語が悲しい終局をむかえる前、オシフィエンチムの博物館での、二人のやり取りは、〈戦争〉という支配と統治のための蛮行がいかに人間の心奥までも引き裂いてしまうのかを暗喩していく。見学に来ている小学生達を見て、「あんな小さな子供に、大人でも気持ち悪くなるものを見せて、いいのかな」と多田は、クリスチーナに向けて疑問を口にする。それに対して、「小さい頃から、ナチス・ドイツの恐ろしさを教え込むのよ」といい、それは、「ドイツ人への憎しみを忘れないため」であり、「国の安全、いえ、私達個人の身の安全のため」だと激しく彼女は応答していく。多田は、「小さい子供の頃から、ドイツ人への憎しみ教育を繰り返してゆくと、憎しみはますますひどくなって、永久にこの国を包みこんでしまう。それでは、隣人のドイツ人と永遠にいがみ合うことしかできないじゃないか」と優しく述べていくが、その溝は簡単には、埋まらないほど、クリスチーナには、憎悪の発火点となるべき悲痛な出自の由来があったのだ。
     「夜霧のポロネーズ」の謎が解明された時、多田にとって悲しい現実が突き付けられた後だった(本書を手にとる人たちのために詳細は敢えて触れないでおく)。ナチスの暴挙に苦悩の時間を抱えてきたポーランドで日本人男性が絡む恋愛劇として描かれる本書は、74年に私家版として出されたものの新版であるが、色褪せることなく、鮮烈で深い印象を刻みつける物語である。

    (文芸社刊・15.9.15)

    2017.12.06 Wednesday

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