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2016.02.13 Saturday

新しい生と共同性のありようを模索する                              ――「在日」という自らの立場をも昇華し相対化しようとする膂力を感受

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    徐京植 著『越境画廊―私の朝鮮美術巡礼
    (「図書新聞」16.2.20号)

     本書にたいして思考を巡らしていた時、偶然、NHKEテレの番組「日曜美術館」を観た。採り上げられた画家の名は、イ・ジュンソプ。本書の著者が、解説者として出演していた。わたしは、番組を観ているうちに、数年前、ドキュメンタリー映画が作られ、その予告篇を観ていたことを思い出した。朝鮮戦争が生起しているさ中、日本人の妻と子供たちを、日本へ帰国させ、膨大な手紙を妻や子供たちに出し続けながらも、やがて孤独死に至る画家の名も作品世界も不明のまま、ようやく、その実相の断片を知ったことになる。しかし、番組のタイトル「分かたれた故郷 妻へ―画家イ・ジュンソプとマサコ」が示しているように、苦難のなかの夫婦愛を象徴するかのような物語の作られ方に、わたしは、気恥ずかしさのようなものを感じずにはいられなかった。著者は、わたしの勝手な思い込みかもしれないが、やや、静謐な憤怒のようなものを抑えながら、その作品世界を鮮鋭に解説してくれたように思えた。本書の中で著者は、イ・ジュンソプの悲痛な死を「植民地支配、民族分断、戦争の影が濃くさしている」ことを強調しながら、「日本人妻との別離も、そうした歴史を反映している」と明快に述べている。
     本書を貫く「越境」というモチーフは、「在日」という立場である著者だからこそのものといえるかもしれないが、むしろ自らの立場をも、昇華し相対化しようとする膂力のようなものを感受せざるをえない。
     「本書は時間的・空間的・文化的な境界線によって画然と概念づけられたある特定の民族による作品を陳列したものではない。むしろそうした境界線から逸脱し、あるいは排除されながらも、境界そのものを問題化し、それを超えようとするコンテクストにおいて生起する作品のギャラリーである。」「複雑多様な境界線によって互いに隔てられた者たちが、他者を発見し、自己を捉え直して、新しい生と共同性のありようを模索するための問いでもある。」
     このような思いで著された本書で、直接あるいは間接的に対話をし、中心的に論じていく美術家や芸術家たちは、シン・ギョンホ、ユン・ソンナム、ジョン・ヨンドゥ、シン・ユンボク、ミヒ=ナタリー・ルモワンヌ、イ・クェデの六人だ。それぞれに横断する時空間は、80年5月18日の「光州民主抗争」であり、天皇制権力のもと日本帝国軍隊が強制した「従軍慰安婦」という存在性であり、徴兵制のもとでの軍隊経験の劣悪さを、ある意味エネルギーに変えていくことを胚胎させている。さらに、シン・ユンボクは、朝鮮王朝の時代の画家であるが、時代を逸脱した表現者であった。朴正熙軍事政権時の日本企業との癒着によって、不幸な「生」を経て、やがて離散民として生きるしかなかったミヒ、朝鮮戦争によって「越北」したイ・クェデと、そこには、ロジカルな解析を霧散させる深さが潜在しているといっていい。かつては、半島を経由して様々な文化を受容してきたわが列島は、いつからか、半島より優位な立場にいると錯覚して今日に至っている。大陸から半島へ、そして列島とは、長い時間、深い地層のなかの水脈によって繋がってきたのだと、どうして、わたしたちは思えないのだろうか。
     わたしは、韓国美術、朝鮮美術というフィルターを通して見るのではなく、あくまでもひとつ作品として、本書に収載されている作品を目にして、鮮烈な表現性に、直截な共感を抑えることが出来なかった。シン・ギョンホの「光州から機廖1981)や「魂くらいはあって、なくて――招魂」(1980)、ユン・ソンナムの「李梅窓」(2003)、ジョン・ヨンドゥの「6ポイント」(2011)、イ・クェデの「二人肖像」(1393)や「青いトゥルマギを来た自画像」(1048-49)は、書かれた時の背景、時代情況をいったん思考の中から排除して向き合ったとしても、作品自体が放つ自己表出性の深遠さを感じないわけにはいかない。
     ミヒは、著者との対話で、「あなたにとって『理想のくに』とはどういうものですか?」という問いにたいして、次のように述べているのが印象的だ。
     「夢の国? それは所詮、夢であって存在しないと思います。ただ、あえて言うと、望ましいのは国境がないということ、自由に移り住めること、つまりそれは『国』ではなく『世界』ということになりますね。」
    わたしたちは、爐い洵瓩魘時的に生きているかもしれないが、過去の何十年という時間的重層性やこれからの未知の時間も抱えながら、爐い涅澆覘瓩海箸鯔困譴討呂覆蕕覆い呂困澄そして、当然のことながら朝鮮半島の近現代史的時間というものは、日本国家による植民地支配を暴力的に推し進めた時間であったことを忘れてはならない。もちろん、いつまでも加害者―被害者といった関係性から、豊饒な未知は生まれないなどという人たちはいるだろう。だが、記憶というものは、忘れていいことと忘れてはいけないことがあるのだ。
     だからこそ、ミヒがいう「世界」とは、著者がいう「新しい生と共同性のありようを模索する」ことによって辿り着く関係性の有様ではないのか、わたしには思われる。半島と列島を繋ぐ水脈をわたしなりに、もう一度、模索することを、始めなければならないと考えている。

    (論創社刊・15.10.20)



    2017.12.06 Wednesday

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