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2016.10.29 Saturday

日本の仏教者たちの〈戦争協力〉に焦点を当てる                         ――本書が提起する問題は多くの示唆を有している

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    大澤広嗣 著『戦時下の日本仏教と南方地域』
    (「図書新聞」16.11.5号)

     一九三一年の満洲事変を発端とした十五年戦争という悪夢のような歴史的時間の終焉から、七十年以上経ったことになるが、いまだに、中国や韓国とは、政治的な軋轢を残存し続けている。それは、十五年戦争の後半だけを切り取って、第二次世界大戦とか太平洋戦争といった歴史教科書的な言辞によって歪曲し、アジアへの侵略ということを被膜のように覆ってきたからだといっていい。そもそも、大東亜共栄圏という理念のもと日本帝国軍隊による北は満洲から、南は東南アジア諸地域に渡る侵略・統治政策が、やがて、アメリカとの対峙を生起したということを認識しない限り、アジア諸国との軋轢は無化されることはない。
     ところで、東アジアへの視線は、現在的な事象の大きさから多様な論議をなされてきたといっていいが、東南アジア諸地域に対しての、いわゆる南進政策を分析する論述には、わたしが接してきた限りでは、なにか曖昧性を払拭できないものが多いような気がしてならなかった。もしかしたら、暴論を承知でいえば市川崑監督の『ビルマの竪琴』(原作・竹山道雄)に象徴されるように、日本(人)への親和性を過大評価し、無意識のうちに聖戦のような幻想性を瀰漫させてきたからだといえなくもない。
     本書は、これまで論及されることが少なかった日本の仏教者たちの〈戦争協力〉に焦点を当てた画期的な論考集である。しかも、対象となる場所は東南アジア諸地域である。もちろん、一概に、〈戦争協力〉というものを、わたしは、断罪したいわけではない。協力には積極的な加担から、消極的な関わりまで多様なかたちとしてあることを了解したうえで、本書が提起する問題は、多くの示唆を有しているのだ。
     「戦時下に、日本の仏教界では、政府や軍部の命令により同地(引用者註=東南アジア)に日本人僧侶や仏教学者を派遣した。彼らは、武力進攻前に情報収集などの謀略活動に関わり、進攻当初における宣撫工作に従事して、占領後には宗教行政を担当する行政職員として着任し、仏教を通した文化工作活動の実施に協力するなど、随所で関わっていた。」(「序論」)
     なぜ、「僧侶や仏教学者」たちが、政府や軍部の命令に従ったのかといえば、「仏教宗派は、『宗教団体法』に基き設立認可を受けており、政府の指導監督下にあったためであ」り、「連合組織の大日本仏教会は、『民法』に基く公益法人として設立されており、当時の社会的文脈では、戦時下における国策に貢献する『公益』目的の活動が求められた」からだ。しかも、「各宗派の管長は、天皇から任命された勅任官という待遇を受け」て、「高級官僚と同等」(「結論」)の存在としてあったからだと著者は述べている。明治近代天皇体制というものは、薩長政権という独占的な支配システムを潜在させていくために、それまでの天皇制をディスコントラクションさせて、成立させたものだといっていい。多様な神道をすべて、天皇を頂点とした国家神道に統一していったように、諸仏教を天皇の勅命のもとに、国家仏教のようなかたちに再編していったことが、本書の中で論及されていく連合組織(大日本仏教会、国際仏教協会、仏教圏協会、興亜仏教協会など)の有様から見て取ることができるのだ。
     本書の中で、わたしが、最も刺激を受けた論考(「第三部 日本仏教の対南文化進出」―「第一章 真如親王奉賛会とシンガポール」)に関して触れてみたい。
     真如親王とは、「平安前期の第五一代平城天皇(略)の第三皇子で、出家前は『高丘親王』と呼ばれた。(略)出家して、法名を「真忠」と名乗った。後に『真如』と改め、(略)空海(略)に参じ、その十大弟子の一人に列せられ」、「求法のため、唐を経て、天竺(インド)へ向かう途中、『羅越国』で虎に襲われて物故したとされる。今日では、小説家の澁澤龍彦による絶筆『高丘親王航海記』のモチーフとして知られている」と著者は記述していく。「羅越国」は、ラオスという説が有力だったが、「マレー半島南端付近とする説が主流となっ」ていき、「日本がシンガポールを占領する前後から、同地が真如親王の終焉の地とする主張が増えて」、「記念建造物を求める動きが急激に高ま」り、「関係者によって真如親王奉賛会が発足」したという。そして、大衆文化や教科書にも採り上げられ、「戦争の進展に伴って、にわかに真如親王の存在が増大していった」ことになる。敗戦によって事業は中断したとはいえ、内外において天皇制を補強していくような神話づくりを行っていくことの様態を、あらためて考えてみるならば、「大東亜共栄圏」という虚妄なる理念の陥穽が露呈していくことがわかる。西欧列強へ対峙していくために、〈アジア〉という感性を紡ぎ出すのは、間違いではない。しかし、〈アジア〉はひとつという時の、ひとつは、みな同じということではなく、神国日本が先導していって、はじめてひとつになれるのだという錯誤が、天皇制という〈宗教〉を根拠にしていることを、わたしたちは、忘れてはならないと思う。

    (法蔵館刊・15.12.8)

    2017.10.04 Wednesday

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