奥山忠信 著『貧困と格差――ピケティとマルクスの対話
(「図書新聞」16.11.26号)

 トマ・ピケティの『21世紀の資本』の邦訳が刊行されて、二年経った。出版直後の喧騒を思うと、メディアからピケティの文字を、あまり見なくなっている現在、さてピケティ評価というものは、どういうことになるのだろうかと思っていたところ、本書に接するという幸運に遭遇した。わたしは、何人かの論者のピケティ観のようなものを表層的に眺めただけだから、本当は、本書の評者には、相応しくないかもしれないが、書名と、副題のマルクスとの“対話”であれば、ピケティの思想の一端を掴めるのではないかと、読み進めていった。
 著者は、詳細にピケティの分析を論及しながら、極めて明快に、ピケティの思考の核心を切開してくれている。
 「ピケティの『資本』は会社の資本財だけではない。」「収益を生む資産は、すべて『資本』と呼ばれる。」「資本の概念を広げることで、資本を持つ人の力と資本を持たない人の力の対立はより鮮明になる。鮮明になるだけでなく、現代の格差の持つ理不尽さも浮き上がってくる。」
 ピケティの独自性は、多彩なデータを駆使しながら、マルクスのような資本家対労働者といった生産関係にフォーカスするのではなく、所得(資本)配分に視線をあてて現在を見通すところにあるといっていい。
 かつて、わたしたちは、中間層の所得が増えて、一億総中流社会に達したなどと喧伝されて、資本主義社会が福祉国家の様態へと進んできたと錯覚したものだった。しかし、そんな幻想は、バブル崩壊期を経て見事に霧消していったといえる。ピケティが示唆しているのは、高格差社会という現状であり、「上位10%が35%の所得を取得し、将来は45%にな」ると警告していると著者は述べる。そして、ピケティが提案するのは、「所得税に対する累進課税の復活」と「富裕税としての資本税」であるという。いわゆる、富の再配分ということになる。
 「ピケティの分析によれば、多くの人が資産を持つようになったのが今日の特徴である。ただし、富裕者と貧者では資産の格差が極めて大きい。労働所得の格差の比ではない。ピケティの資本税は、格差を是正し、透明性を高めるために富裕層に課す税である。」「ピケティとマルクスは、貧困と格差の問題に関して豊富な分析ツールを提供してくれた。日本経済の現状は暗く、うまい話は何もない。(略)国家の衰退を思わせる状況である。(略)崩壊の危機はもうすぐそこまで来ている。現実は小手先で解決できるようなものではない。」
 わたしは、著者に誘われてピケティの小気味よい分析と税に関する提案に、諸手を挙げて首肯したいと思いながらも、どこかで逡巡している自分を確認せざるをえない。均等な、あるいは平等な課税システムを導入したからといって、それが、格差を縮小したり、解消されていくものなのだろうかと思わざるをえないからだ。本書では、「貨幣の謎」と題した一章を設けているように、多様な経済システムが拡大しているなかで、貨幣(ドル)を交換価値の象徴と見做すことに限界が来ているといえるのではないだろうか。国家(あるいは政府・行政機構)が、経済を統制、コントロールしていくには、もはや不可能な領域に現在、達しているとみるべきである。富裕層に高い課税を課し、貧困層を無課税にしたとしても、格差は解消されない段階に来ているといえるからだ。「日本経済の現状」を著者は「国家の衰退を思わせる」と指摘しているわけだが、政治的な意味では、まだ、国家(政府・行政機構)は、存在しえても、経済システムに関していえば、もはや、国家は無化されてしまっているといっていい。そういうアンビバレンツな状態を、わたしたちは認識していくべきだと思う。
 「マルクスは、資本主義を歴史上の1つの発展段階として見ている。その意味は、一定の時期に形成され、一定の時期に終わりを迎えるという意味である。それは、人間が商品や貨幣や資本に振り回されることなく、経済を制御することのできる社会が到来するということである。これがマルクスの社会主義社会であった。」
 いつからか、世界の先進的な資本主義国家群は、超資本主義社会というかたちに変容されてきたといえる。そういう意味でいえば、マルクスが想起していたような資本主義社会はとうに解体してしまっているといっていい。現在の超資本主義社会がどこまで、変貌ではなく変容していくのかは、誰にも、想像できないだろう。
 ただし、わたしなら、反資本主義としての、「人間が商品や貨幣や資本に振り回されること」のない社会の到来を、いまだに夢想したいと思っている。

(社会評論社刊・16.9.10)

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