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2017.01.14 Saturday

一葉が紡ぎだす明治中期の吉原遊郭周辺の人々の暮らしと佇まいを描出                      ―一葉の作品世界の情感と、千明初美の漫画的表現が、見事に共振、共鳴し合う

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    樋口一葉 原作・千明初美 漫画『漫画版【文語】 たけくらべ』
    (「図書新聞」17.1.21号)

     樋口一葉という作家の有様にたいして、わたしは、ただ直截に二十四歳で夭折した女性という視線で確定させてきたように思う。それは、作品自体にしっかりと接してこなかったことに由来する。擬古文に馴染めないものにとっては、『たけくらべ』や『にごりえ』という作品は、やや難渋な感覚を強いられるからだ。しかし、本書は、あえて文語体(ただし原文にない言葉を口語文にして適時に組み込んでいる)のまま、漫画作品として編集しているから、本書の「解説」で三田誠広が述べているように、「コミックのようなコマ割りに適度に配置された擬古文が心地よく、作品の中にたちまち惹き込まれるような効果を」放っているといっていい。漫画(画像)の力といえば、それまでかもしれないが、千明初美の柔らかな描線は、一葉が紡ぎだす明治中期の吉原遊郭周辺の人々の暮らしと佇まいを、鮮鋭に表出しているからだといえる。なによりも、登場人物たちの描像が、千明漫画によって、地の文との共鳴を引き出し、少女・少年期独特のイノセントな情感を醸成させているのだ。
     12Pから33Pまでの育英舎に学ぶ子供たちを一気に描いていく場面は、物語の核となる美登利、信如、正太郎、長吉、三五郎たちの関係性を浮き上がらせ、しかも、擬古文の読みづらさが、いつの間にか気にならず、読み通せたような感じにさせるのは、漫画的膂力という他はない。特に、美登利を描像する場面(23P)は、圧巻だ。画面上方、美登利の顔のアップを挟むようにして、右上に、「解かば足にもとゞくべき/毛髮を、根あがりに/堅くつめて前髮大きく/髷おもたげの――」を配置し、左上に、「色白に鼻筋とほりて、/物いふ聲の細く罎靴、/人を見る目の愛敬ふれて、/身のこなしの活々したるは/快き物なり。」を配置している。下方には、美登利の歩いている姿を町の若者が見ているカットを置き、「大邁阿糧登利 十四歳」(原文になし)を右下に、「へえ…/きれいな/子だ」(原文になし)、「今三年の/後に見たし」と、左下に、爐佞だし瓩鯑れている。長いセンテンスで続く原作と違い、改行されることで、リズム感のようなものが滲み、三田が述べているように、擬古文が心地よく感じてくる(つまり読めるような感じがする)から、やはり、視覚的なものは、大きな意味を持っているということになる。
     わたしは、共感する漫画作品を小説作品と同様の位相で読んできた。つまり、自分が評価する表現作品をカテゴライズしたことがないということだ。小説や短詩型、さらには漫画(劇画)、映画、音楽、絵画であっても、それぞれのジャンルとして見做すのではなく、例えば、つげ義春の作品と、漱石の作品を同等に見通すということである。文学的な名作を漫画にして刊行する場合は多々あるが、それ自体を否定するつもりはまったくない。ただし、本書のように、一葉の作品世界の情感と、千明初美の漫画的表現が、見事に共振、共鳴し合うことは、もしかしたら、稀有のことなのかもしれない。
     十三歳から十六歳の少女・少年たちの、それぞれの数カ月の時間を描出する物語の最終場面は、深い予兆を湛えたものになっている。
     「或る霜の朝」「寒いと思つたら/庭に霜柱が…」「白水仙の作り花…」「いつたい誰が…」「何ゆゑとなく懐かし」「誰やらに似かよふ」「淋しく罎姿…」「聞くとも/なしに/傳へ聞く、」「其明けの日は/信如が/何がしかの學林に/袖の色かへぬべき/當日なりしとぞ。」
     右頁(144P)に、美登利の哀しげに俯く顔のアップ、左頁(145P)には、信如の後ろ向きの袈裟姿。そして、右下に「水仙の作り花」の一輪挿しのカットを入れた最終面で『漫画版【文語】 たけくらべ』は、閉じていく。
    いずれ、美登利は、姉と同じように「大邁亜廚陵圭となり、信如は僧侶となって、二人は会いまみえることはないのだ。少女・少年期の淡い恋情を物語っていく一葉の作家としての深い表現性は、わたしが拘泥していた夭折した女性作家などという教科書的な視線を、見事に解体してくれるものだといってもいい。
     鷗外が『舞姫』を発表したのは、五年前の明治二十三年だ。漱石が熊本の第五高等学校に赴任したのは、一葉が亡くなった明治二十九年(1896)である。漱石が、初の小説作品『吾輩は猫である』を発表したのは九年後の三十八年のことになる。
     『たけくらべ』は、雑誌「文學界」(1893〜98)に発表、断続連載されものだ。「文學界」は、いまさらここで説明するまでもないかもしれないが、上田敏、北村透谷、島崎藤村、田山花袋、松岡國男(柳田國男)らが集結していた月刊文藝雑誌であった。一葉がどんな場所で表現していたのかを想起してみるならば、漱石、鷗外とはいわないまでも、明治期文学として、もっと高い評価を得て当然だと思わないわけにはいかない。
     さらに、もう一つ付言しておきたいことがある。わたしにとって、千明初美は、まったく未知の漫画家であったが、七十年代、雑誌「りぼん」で活動していたことを本書の奥付で知ったことになる。実は、いま思いがけない機縁を得たことがわかったのだ。わたしが、デヴュー作『絶対安全剃刀』以後、全作品を愛読している漫画家・高野文子が敬愛してやまない作家だったということだ。近々、高野文子の企画・監修による千秋初美の復刻版作品集が刊行されるという。
     このようにして、本書を通し多くのことを喚起されたと、強調しておきたい。

    (武蔵野大学出版会刊・16.9.20)

    2017.06.15 Thursday

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