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2017.03.18 Saturday

小さな出来事に絶えず視線を向け続ける                           ――峯澤典子の詩世界は、ひとつの達成へと向かっている

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    峯澤典子 著『あのとき冬の子どもたち』
    (「図書新聞」17.3.25号)

     この詩集は、ひとつひとつの詩語が、わたしに語りかけてくるかのように聞こえてくる。それは、しかし、静かに、なにかを強く伝えたいというのではなく、独り言のようでもあり、吐息のような呟きでもあり、遠くを見つめながら小さな声で歌っているようでもある。読み終えて、この詩集を閉じてみると、わたしは、水が流れるような物語のなかにいた。
     「マッチを擦っても/新年のみちには犬の影もない/ひと足ごとに/夜の音が消えてゆく/冷気を炎と感じられるほど/ひとを憎むことも/許すことも できなかった/……」(「流星」)
     情景は心象でもある。「ひとを憎むことも/許すことも できなかった」と語る時、詩語を紡ぎだす人は、どんな関係性のなかにいることになるのだろうか。他の詩篇に接してみれば、時間の流れのなかで変容していく関係性に逡巡し立ちすくんでいる有様を投射しているように、わたしには感じられる。
     「……/幼いころ/水さえほしがらなくなった猫や犬の/肌の日向の匂いが/ゆっくり冷えてゆくのを/いちにちじゅうでも/ひとばんじゅうでも/見守った/あのやわらかな時間の流れから/いつ/離れてしまったのだろう/……」(「一羽」)
     小さな命が消えていくかもしれないという場所にい続けているイノセントな少女期(少年期)への憧憬と、そして悔恨と評するのは簡単だ。「あのやわらかな時間の流れから/いつ/離れてしまったのだろう」という心象は、「ひとを憎むことも/許すことも できなかった」と語ることへ通底していく。時間は戻らないのだ、憧憬や悔恨は、なにも慰藉しない。ただ、受けとめること、そのこととして感受し続けることに、自分たちの、爐い洵瓩あるのだと、作者の声は、わたしに、語りかけてくる。このような感受の有様とはなんだろうかと思う。ある理不尽なことが生起したとき、ひとは、直截に憤りを胚胎していく。それは、ある意味、必然的なことだ。だが、それで、なにかが、変わるだろうか。わたしたちは、理不尽なことには敏感だが、どんなことが起きても変わらずにある、切実なものに眼を向けることを忘れがちになる。微細で繊細なといえるほどの小さな出来事に絶えず視線を向け続けていくことが、憤怒を持って理不尽なことに向かっていくよりも、なにかを変えていく動力になるのではないかと、詩人・峯澤典子が語っていると、わたしには思われるのだ。長くなるが、もっとも、わたしを喚起した詩篇の一部を引例しよう。
     「……/生まれてはじめて/たったひとりで/息がつづくかぎり/全力で走り抜けたあと/気恥ずかしいくらいに/からだの奥で揺れつづけていた/草の香りや/空の高さ/それらを生の中心と定めたとき/そよぎだしたすべての感情を/わたしは木のようだと思ったはずだ//誰かを追い抜くためではなく/ただ走ってゆける喜びに/そよぐこころを/讃えながら/木は育っていった/のびすぎた枝はいつの日か/人や じぶんを/深く傷つけてしまうことなど/知りもせずに/……」(「改札の木」)
     「のびすぎた枝」とは、なんという暗喩だろう。わたしの発語は、いつだって「のびすぎた枝」だったのではないかと、暗澹たる思いになる。誰もが、無意識に人を傷つけ、自分自身を深い暗渠へと誘っていく。
     「……/あげられるものは/もう骨しかなかった/それでも父は/あめ、ゆき、と/くちをひらきつづけた/ぎこちなく子を寝かしつけた若い日のように/……/父を呼ぶことのなかった町に/列車が入った/雪はやみ/子は/静かな包みにくるまり/ひとり 眠った」(「冬の子ども」)
     「……/兄妹のように水色の似た/川から川へ/行先を失った時間は運ばれ/水際のわたしの姿も/霧雨に溶けだす前の/別れのあいさつも/はじめから存在しない//旅人の影の/かたちをした雨雲が/横切り/消えてゆくのを/映す水だけの/永遠」(「水の旅」)
     「あめ、ゆき、と/くちをひらきつづけた」、「旅人の影の/かたちをした雨雲が/横切り/消えてゆくのを/映す水だけの/永遠」と、これらに込められた心象は、鮮烈だ。いいようのない、息苦しさのなかで、それでも、なにか小さな通路のようなものを詩人・峯澤典子は詩語によって照射している。
     第六十四回H氏賞受賞作・第二詩集『ひかりの途上』(七月堂、13年刊)から三年半、いま、峯澤典子の詩世界は、間違いなくひとつの達成へと向かっている。そして、峯澤の詩表現が、いつしか「生の中心」を捉えることを願っている。

    (七月堂刊・17.2.1)

    2017.08.03 Thursday

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