CALENDER

S M T W T F S
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
2930     
<< April 2018 >>

CATEGORIES

archives

2017.12.30 Saturday

〈情況〉へ相渉るとは

0
    ……君との談論は二年ぶりになるけど、その間、安保法制や共謀罪の強行成立、モリカケ問題と永田町界隈は怒涛の有様だったな。聞くまでもないけど、先日の衆議院選挙は、もちろん行かなかったよね。
    ――当然、安倍VS小池の怨恨劇場は、パスさせてもらった。旧民主党の分裂にも全く関心がないからね。残念ながらというべきか、国政・地方に関わらず選挙は、生まれてこの方、一度だけ行ったことがある。丁度、今年の雰囲気と似ているから、あまり思い出したくないけどね。
    ……それは、初耳だ。驚いたな。いつなんだい、一度だけの失敗は(笑)。
    ――十二年十一月の第四十六回衆議院選挙だ。当時の滋賀県知事・嘉田由紀子と飯田哲也が結成した「日本未来の党」に、野田政権時末期の民主党を離党した小沢一郎らが結成した「国民の生活が第一」が合流、「卒原発」を旗印に百二十一人が立候補して、結果、九名しか当選しなかった惨憺たる選挙のときだった。見誤った自分が、情けなかったな。小沢贔屓の「日刊ゲンダイ」が百名は間違いなく当選して大きな反原発勢力ができるなんて、アドバルーンを挙げていたからなあ。まあ、飯田という男は、当時テレビによく出ていて、反原発の論陣を張っていたが、どうも目立ちたがり屋のようで、しかも小沢嫌いらしく、比例名簿の順位をめぐって提出時間ぎりぎりまで揉めたらしいから、「希望の党」の、倏喀瓩筬猗耄秉膂稔瓩、まるでデジャヴのようだね。小池の若狭のような存在といえば、わかりやすいかな。当人はもちろん、見事、落選したわけだが。
    ……そういえば、小池と前原を繋いだのが小沢だったという噂が随分あったな。まあ、途中から小沢も小池の頑なな姿勢に失望して距離を置いたようだけど。懲りない男だよな、小沢も。
    ――今回から、十八歳以上が選挙権を持ったわけだけれど、意外な結果が出ているよね。
    ……昔なら、若者の右傾化とか保守化というところだけど、確か、自民党への投票率が過半数を超えているらしいね。それが、高齢者になるほど、自民党への投票率はかなり下がっていると最近の新聞に記事が載っていたのを読んだけど。我々が学生時代の頃は、若者の左傾化、年長者になるにしたがって保守化していくという図式が定型だったけどね。
    ――本当に、そう捉えているのか知らないけれど、共産党や社民党は、主義主張が変わらないから保守なんだという見立てらしい。自民党は、改憲というくらいなんだから、変えてくれるという意味では革新なんだろうな。
    ……まあ、俺も別に左翼性や革新性に拘っているわけではないから、どうでもいいけど、安倍・自民党がカクシンなんてありえないよな。アメリカ国家の忠実な番犬であることを自負しつつ、アジアのなかでは日本国第一主義という確信(カクシン)犯ではあるけどね。それはそうと、君の高校の同期生でもあるカネダクンは随分頑張ったのに、小選挙区では辛くも当選したようだね。希望と共産が選挙協力していれば、当然、小選挙区では落選だったわけだけど。
    ――彼(アイツ)の話は、もういいよ。同期であることを知っている友人・知人からは、随分、言われたからね。イナダ某女といい、彼(アイツ)といい、政治家は理念(まあ、しっかり持っている政治家はほとんどいないだろうが)も大事だが、パブリックサーバントであることを、まったく意識していないから、上からの目線で自分本位のトンチンカンな応答しかできないということだろうな。
    ……まあ、それは、安倍が一番象徴的なんじゃないか。
    ――青木理の『安倍三代』(朝日新聞出版、十七年一月刊)によれば、学生時代、会社員時代と全く目立たない存在だったらしいね。政治的な発言もほとんどしなかったようだし。しばしば安倍の祖父は岸信介だったと喧伝されているし、本人も、それを自慢げに語っているようだが、岸は母方の祖父であって、安倍家直系の祖父・安倍寛は戦時下の政治家なんだけど、東條と対立して反戦の立場を貫いたらしい。父親の晋太郎は、よく知られているように温和な政治家然としていたし、竹下登、宮澤喜一と並び、自民党のニューリーダーといわれ、二人は首相の地位に登りつめたが、晋太郎は六十七歳で亡くなったことが、どんな影響を晋三に与えたかはわからないが、反面教師として見ていたのかもしれないな。まあ、言葉は悪いが、本質的にはマザコンの柔な男だとわたしは思うけどね。母親(岸の長女・洋子)は、八十九歳でいまだ健在のようだし。この『安倍三代』の書評で、中島岳志が、面白いエピソード紹介していたので、以下、引いてみることにする。

    「昨年の6月19日、安倍晋三首相は東京の吉祥寺で演説のマイクを握っていた。すると安倍内閣に批判的な市民が押し寄せ、『帰れコール』をくり返した。/しばらくは無視をしていたものの、我慢ができなくなった首相は、次のように言いかえした。『私は子供の時、お母さんからあまり他人の悪口を言ってはいけない。こう言われましたが、(略)妨害ばっかりしている人がいますが、みなさん、こういうことは止めましょうね、恥ずかしいですから』/私は首相が口にした『お母さん』という言葉が、どうしても気になってしまう。ここに露出したナイーブな幼さと、あの高圧的なタカ派イデオロギーのアンバランスに戸惑いを覚えるからだ。しかし、両者は一体のものとして安倍首相の人格を形成している。ここを読み解くことが安倍晋三を理解する鍵となる。」(「毎日新聞」一七年三月二十六日・朝刊)

     別に、「安倍晋三を理解」したからといって、〈情況〉へ相渉ることができるなんて思わないし、思いたくもないが、第二次政権になって、異様なほど強気に抗弁するのを見て、そのうち、また、政権を自ら投げ出すだろうと思っていたけれど、意外にも、持っているから(笑)、なぜなんだろうと考えている。どうも、かなりの投薬で身心を抑えているという噂を聞くけれど、それにしても自民党の他の政治家(国会議員)たちが、これまた異様におとなし過ぎるのも、実はよくわからないな。
    ……つまり、こういうことだよね。もう二度と、いや正確にいえば三度かな、下野したくないという思いが、多くの自民党議員に強すぎるんだろう。少なくとも、第二次安倍政権は、菅や野田の無能さや排除の論理(民主党政権成立の功労者である鳩山や小沢に対する距離感)によって政権の自壊があったとはいえ、憎き民主党政権から、権力を簒奪してくれたんだからね。よく、国会答弁で安倍は、野党に向かって、あなた方民主党政権の時は、こうだったが、わたしたちのいまの自民党政権は、これこれこうで違うんです、よくなったじゃないですかと、頻繁に述べるのを聞くに及んで、「他人の悪口を言ってはいけ」ませんよ、貴方の母上に言われたでしょうと言いかえしたくなるよね。
    ――唐突に、談論のテーマが移るように聞こえるかもしれないが、アキヒト天皇は、安倍が嫌いなんだろうな思うがどうだろう。安倍は、第一次政権時、戦後レジームからの脱却などと勇ましいスローガンを立てていたわけだが、だからといって、愛国教育といっても、戦前のような天皇を敬うとか、つまり天皇制には、あまり関心がないとわたしには感じられたね。
    ……たぶん、そうだろうな。それと、アキヒトさんは、いまの象徴天皇制を壊したくないのだと思うよ。象徴天皇制は、いうなれば、九条とともに、もっとも戦後レジームを象徴的に表わしている形態なんだから。
    ――しかし、アキヒトの生前退位は、意外に大きな波紋を投げかけたことになるが、安保法制や共謀罪反対と声高に叫ぶ陣営から、なんら反応がないのは、なぜなんだろうかと思わざるをえないな。メディアがあれほど、モリカケ問題について、一般の声を反映させようとしているのに対して、もっぱら識者の声や意見を載せて、穏当にこの問題を進めていこうとする意図が見えて仕方がないんだが。
    ……君の持論は、こうだろう。アキヒトさんの生前退位の声明は、象徴天皇制、つまり天皇制の永久不変で強固な存続を補強していくものだということになるのだろうな。もっと激烈にいうならば、なぜ生前退位ではなく、生前降下しないのかということなんだろう、君の思いは。
    ――もう、九年ほど前になるんだけれど、吉本(隆明)さんにインタビューした時、天皇制はこれからどうなっていくと思いますかと尋ねたら、次のように述べてくれたのが、いまだに印象に残っている。

    「いまはどうか、という問題になってくると、なにが違ってきたかといえば、ほとんどの問題が、それは皇室なら皇室自身の自覚の問題になっていると思います。/つまり、たとえば、『もう、こういう広いところに住んでいるのはやめにしよう』などという、自分たちの意思と自覚の問題に任せればよいのではないかと思います。ようするに任せておいて、もし、そういう気持ちまで持っていけないというのなら、いけないままでもいいということになります。/放っておくといえば、怒られそうですが、そのように任せておけばいいし、ことさらこれはどうだということは、もういいよという感じになっています。/これはぼくのような戦中派だからそうなのかもしれないけれども、それはご自分たちの自覚で、わたしたちはこういうところにはいたくないとか、いない方がいいのではないかとか、そのように家族、親族、周りの担当役人の間の協議でもってそう決めたらすぐやめて、元の京都へと行くかとか、あるいはどこかで楽しく暮らすということでいいと思います。/そうすれば、ぼくはまったく文句をいう気はないです。だから、いまはきっとご当人たちの自覚というか考え方次第の問題でいいのではないかと、というようになってきているといえます。僕はそういう考え方を持ちますし、また自分としてもそれがいちばんいいと思っています。」(『第二の敗戦期』十二年十月・春秋社刊、138〜139P)

     あらためて、いま読み返してみると、アキヒトさんの生前退位は、かなり思い切った〈自覚〉のうえでのものなんだろうなと思わざるをえないな。本当は、「どこかで楽しく暮ら」したいんだろうから、東京のど真ん中より、京都の御所の方が環境はいいし、暮らしに適しているのは間違いないしね。
    ……まあ、象徴天皇制の維持というよりは、アキヒトさん自身、天皇という存在性に、ある種の理想を仮託したいのではと思うところが、俺には感じるけどね。
    ――確かに、継体天皇起源説を意識したような、わたしたちには半島の方々の血も入っているとか、戦後憲法を大事にしたいと述べたり、アキヒトはヒロヒトの爐◆機△修Ν甍奮阿猟戚曚鮓凖匹垢襪のように、思いもよらない発言をしてきたのは認めざるをえないな。
    ……君が評価する原武史が、新聞紙上で鋭いことを述べていたね。
    ――そうだった。ある意味原則論なんだけど、確かに一理はあると思わせたね。要するに現憲法下では、天皇の国政への関与ができないのに、生前退位発言によって国政を動かしてしまっているということだよね。彼の発言をコンパクトにまとめてみれば、次のようになる。

    「私が知る限り、戦後、天皇が意思を公に表し、それを受けて法律が作られたり改正されたりしたことはありません」「今回の天皇の『お気持ち』の表明と、その後の退位へ向けての政治の動きは、極めて異例です」「本来は天皇を規定するはずの法が、天皇の意思で作られたり変わったりしたら、法の上に立つことになってしまう」「『天皇が個人として、当事者として問題提起することは憲法違反にあたらない』という意味の発言をした学者もいます。あれには驚きました。その結果、政治が動いてもいいとは」「日本国憲法の国民主権の原則との矛盾を避けるには、あらかじめ国民の中に『天皇の年齢を考えると、そろそろ退位してもらい、皇太子が即位した方がいい』という意見が広がり、その国民の『総意』に基づいて、天皇が退位するという過程をたどることでしょう。憲法は天皇の地位を『国民の総意に基づく』と定めています」(「朝日新聞」一七年三月十八日・朝刊)

     原の原則論は分からないわけではないが、そもそも戦後憲法は、犢駝韻料躇姚瓩亡陲鼎い得立したのではないのだから、誰もが思うように、わたしたちの、狒躇佞亡陲い騰畭牋未靴討い燭世ましょうとはならないよな。九条問題でも、安倍自民党側の発意や、意を汲んだ国民会議といった怪しげな連中からの動きはあっても、国民から自然に改憲しましょうというのは、ないに等しいわけだからね。そもそも、憲法なんて空気みたいなものだというのが、わたしの考えで、立憲主義とかいって、権力を縛るものだといった憲法解釈には納得できないな。わたしは、これまでことあるごとに述べてきたが、第一章第一条から第八条まで、「天皇条項」である日本国憲法を是とはしたくないな。第二章第九条の「戦争放棄条項」と、第三章第十条から第四十条までの「国民の権利及び義務」条項を「天皇条項」の前に配置して第一章、第二章とすべきなんだ。
    ……それは、分かるよ。それなら、「国民の総意」も現実味を帯びてくるよな。それと、アキヒトさんの時もあったらしいが、即位儀礼の大嘗祭の日程も、退位から即位のスケジュールに影響を与えているといった記事を見たような気がするけど。そもそも、明治天皇やそれ以前の江戸期の天皇は、大嘗祭を完璧に行ったとは思えないよね。
    ――そうだね。ある種の宗教的権威を付加するものであって、それは、時として政治的権力より上位に想起されるものだから、もし戦後憲法上の問題で天皇の即位儀礼を語るとすれば、違憲論が出てもおかしくないといえる。
    ……あと、女性週刊誌的な好奇心でいえば、雅子さんは、皇后にはなりたくないのではないかと思うが、どうだろう。
    ――皇太子妃といった立場だから苦しんだともいえるし、わたしには、あの二人の関係性は分からないなあ。かつて、オーストラリア人ジャーナリストのベン・ヒルズによる『プリンセス・マサコ』(〇七年八月、第三書館刊)という本を書評のため読んだことがあるが、ハーバード大から東大というキャリアを考えただけでも、外交官の仕事を夢みていたのは確かなようだ。皇室外交という空無な言葉で宮内庁側は強烈に説得したと書かれてあったな。それで、少しは心が動いたのと、当初反対していた父親が国連大使という飴によって説得する側になったのが大きかったようだ。しかし、皇室外交なんて絵に描いた餅で、要するに子供をしかも男子を生むことを強要されたようなものだから、雅子さんでなくても、心が病んでいくのは当然だろうね。
    ……なんだか、〈情況〉から、どんどん遠のいていく感じになったけど、まあ、君も健康には留意して相渉りあっていくことを願っているよ。

    (『風の森 第二次第六号[通巻21号]』2017.12.20)

    2018.04.17 Tuesday

    スポンサーサイト

    0
      • -
      • -
      • -
      • -
      • -

      コメント
      コメントする