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2018.03.24 Saturday

変わらない柳美里の世界                     ――過去と現在、そして未知の未来は地続きのものだ

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    柳美里・佐藤弘夫 共著 写真・宍戸清孝『春の消息』
    (「図書新聞」18.3.31号)

     わたしが、柳美里という表現者を知ったのは、94年、雑誌「新潮」に掲載された小説家としては最初の作品「石に泳ぐ魚」(単行本化されたのは、八年後)をリアルタイムで読んだ時だった。以後、『フルハウス』、『家族シネマ』、そして『命』に連なる作品群というようにかなり濃密に随伴していったといっていい。しかし、小説を読むことがきつくなり、他の作家たちも含め柳美里作品とも離れていくことになる。とはいえ、断続的にではあるが、幾冊かの新刊書には接してきた。だから東日本大震災以後、福島を中心に東北地方へと軸足を移し、現在の生活の場所でもある南相馬市にブックカフェ「フルハウス」をオープンすることは知っている。
     率直にいえば、本書は、柳美里の〈声(言葉)〉、〈有様〉が直截に伝わり、わたしのなかの空白の時間を一気に埋めてくれて、柳美里の〈現在〉を深く感受できたといっていい。たぶん、宗教学者・佐藤弘夫と写真家・宍戸清孝との出会いによって、喚起されたものが本書全体に滲み出ているからだとも思う。
     本書成立の発端は、柳美里が、佐藤の著書『死者の花嫁――葬送と追想の列島史』を読んで、「東北の霊場巡りをしてみたい、と強く思った」ことにある。五所川原市の川倉地蔵堂、天童市の若松寺、東根市の黒鳥観音、会津若松市の八葉寺、山形市の山寺、宮城県の松島、鶴岡市の三森山、山形県庄内町の光星寺、福島県大熊町の海渡神社、宮城県丸森町の小斎城、遠野市のデンデラ野・小友西来院、湯沢市(わたしが生まれた場所でもある)の最禅寺、南相馬市の大悲山石仏・浦尻貝塚・原町別院が、それぞれ死者と生者が往還しあう場所である。
     わたしは、残念ながら、佐藤の著書『死者の花嫁――葬送と追想の列島史』は未読であるが、佐藤に誘われて柳美里が訪れる川倉地蔵堂にある人形堂は、「若くして無くなった人を弔うために奉納された花嫁人形や花婿人形」が納められていて、川倉地蔵尊は、「死者の婚礼の地でもある」と佐藤は述べている。また若松寺には、「婚礼姿を描いた絵馬を奉納して未婚の死者を供養」する風習もあるという。
     「生死の境界を超えた交流の場とそれを支える死生観が、今しだいにこの社会から姿を消しているように思えてなりません。生者の世界と死者の世界は分断され遮蔽されて、死者は闇の国の住民になりました。(略)死者にとって居心地のよい社会は、きっと生者にも優しい社会に違いありません。東北の霊場で今でもつづく生者と死者の交歓の儀式は、そのことをわたしたちに気付かせてくれるのです。」(佐藤弘夫「春来る鬼」)
     わたしは昨年、親しい友人を二人亡くしている。しかし、彼らに別れの言葉を言わないことにした。なぜなら、彼らとの豊饒なる通交の日々の記憶はいまだ鮮明に、わたしのなかに潜在し続けているからだ。「生死の境界を超えた交流の場」とは、記憶の場所のことだと思う。忘れないということは、たんに過去に拘泥することではない。過去があるから現在があるということを確信していくことなのだといいたい気がする。つまり、過去と現在、そして未知の未来は地続きものだということでもある。だからこそ、生から死、死から生は絶えず往還していくと、わたしなら想起していきたいと思っている。
     本書は霊場探訪記を中心にして、巻末には、柳と佐藤の対談「大災害に見舞われた東北で死者と共に生きる」を配し、柳美里による七本の書き下ろしエッセイを収めている。
     「雲一つない青空……/死に瀕した青空……/わたしは圧倒的な痛みの中で、圧倒的な青を眺めていた。/(略)/わたしは、目を閉じた。/青空が卵の殻みたいに砕けて、宙の闇に投げ出される自分の姿が見えた。/点々と塵のように漂っているたくさんの人の骸が見えた。/あれが、死というものに自ら近づいた初めての経験だった。」(「蜂占い」)、「無人の故郷、山、川、家、墓に、死者の魂は在るのだろうか?/『帰還困難区域』に、死者の魂が帰ることのできる場所は在るのだろうか?/『中間貯蔵施設』予定地に、死者の終の住処は在るのだろうか?」(「梨の花」)、「わたしの上の弟は春樹、下の弟は春逢――。/祖父は、春に植えた樹が大きくなったら、その樹の下でまた逢おう、と非業の死を遂げた弟との来世での再会を信じていたのではないか。/故郷から海を隔てた異国の地で、美しい里、愛する里を想い、わたしたち姉妹を美里と愛里と名付けた。/(略)/祖父が遺したのは、死者の名前という物語である。」(「春、大きな樹の下で……」)
     柳美里の〈声(言葉)〉は、わたしとって、やはり鮮烈に響いてくる。本書に接しながら、変わらない柳美里の世界があることに気づき、いつのまにか慰藉されていた。

    (第三文明社刊・17.12.1)

    2018.04.17 Tuesday

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