木村三浩 著『対米自立』
(「図書新聞」19.3.16号)

 著者は、新右翼とも民族派とも称される愛国団体・一水会代表である。鈴木邦男から代表を引き継いで十九年になる。わたしは、鈴木の著書はかつて何冊か読んだことがあり、彼の新右翼的な立場は、茫洋としながらも理解できないわけではなかった。本書の著者の立場は、例えば、テレビ番組の『朝生』に出演していたようだが、ここ何十年も、『朝生』を観ていないから、本書で初めて知ったことになる。率直にいえば、鈴木の所見には、何が右翼か、民族派か不分明な様態が多々あったが、著者の場合、対米自立という本書のモチーフにおいては、まったく同感であるとともに、わたしにとって未知なことも教えられた部分が多々あった。しかし、やはり、「生涯一ナショナリスト」という、その基底において、残念ながら(というしかない)、相容れないところもあったのは確かだった。だからといって著者に対して、抜き差しならない異和感を抱いたかといえば、そうではない。
 「日本の歴史の中で、一部を除くと、天皇陛下は『権力』ではなく『権威』の存在であったと考えられます。権力とはいわば世俗です。世俗の政治を超越したところの、歴史的な祭事を司る存在が天皇陛下だと私は思っています。」「天皇制度と日本国民が生存してきた共同体的国家を、私は国体と呼んでいます。/なぜなら、天皇制度だけで国家は成り立ちませんし、国民だけでも国家は成り立たないからです。」
 著者は、さらに、「『国体とはこういう意味です』と、人に押しつけるものではない」と述べて、自らの「思想や信念」を披瀝している。わたしは、「権威」もある種の「権力」となって民衆をコントロールしていくものだと捉えているし、天皇制度というものが、その起源も含めて、「歴史的な祭事を司る存在」として、果たして時間的連続性を保持し続けてきたのかという疑念を払拭できないと思っている。だからといって、わたしもまた、著者の「思想や信念」に込めようとしていることを否定する立場ではないことを明らかにしたうえで、著者による「対米自立」と、「アジアの国々との平和構築」へ向けての論述に触れていきたい。
 「砂川事件が起きた昭和三二年においても、米国は裁判の判決にまで口を出し、それを日本は聞き入れていたというわけです。(略)日本は主権回復後も自ら進んで『米国と一体=対米従属』となって戦後体制をつくってきたということがわかります。(略)自由民主党は、この『米国と一体=対米従属』で政権を守り、甘い汁を吸い続けてきたので、自民党の政治家は対米従属という構造を変えることはできません。米国にこびるという一点だけで勝ち続けてこられた。これが自民党の原動力だからです。」
 この間の第二次安倍政権は、最も顕著に、しかも露骨に「米国と一体=対米従属」を邁進してきたといえる(本書では、米国からの想像を絶する大量の兵器購入を明らかにしている)。だから様々な不祥事が生起しても政権を持続してこられたのだ。対米自立と東アジア共同体を志向した鳩山・小沢政権は、米国の影響下にある司法によって、その地位を剥奪され、脆弱な菅、野田体制となって民主党は政権から転がり落ちていくことになる。二度と反自民(つまり反米)政権が生まれないようにあらゆる分野で、米国第一へのマインドコントロールを強固に続けてきたと、著者の子細な論述によって、わたしは確信したことになる。
 辺野古移設問題で揺れる沖縄の米軍基地には、事故の危険性のあるオスプレイが二四機配備されているが、横田基地にも配備されることが決定した。しかも、横田基地の上空は広域にわたって制空権が米国(米軍)にあることや、「現在も朝鮮戦争は終結していないので、国連司令部は横田基地に置かれたまま」なのは、あまり知られていないはずだ。著者は、「日米安保条約には、『米国の朝鮮戦争対策』と『米国が日本を支配下に置く』という」、「二重構造」があるとしながら、米国と北朝鮮が和解して朝鮮戦争終結宣言を行ったとき、国連司令部は解体しなければならないはずだと問題提起している。恐らく、日米安保条約との整合性は無視して、そのまま存続させるはずだとわたしなら考える。
 三年前の安保法制の強権的な成立に対して、多くの人たちによる抗議行動が広がっていったわけだが、憲法九条を守ろうという主張はあっても、日本国憲法の上位概念にある日米安保条約と日米地位協定の廃絶を叫ぶ声がほとんど聞かれなかったことに、わたしは、驚いたものだった。
 わたし(たち)は、七〇年前後、日米安保体制打倒とともにヤルタ=ポツダム体制打倒(一水会もテーゼとしている)を謳っていた。わたしのなかには、いまだにそのことは、基本的な認識としてあり続けている。だから、対米自立ということは、わたしにとっても拘泥し続けてきた問題である。
 「対米自立路線に切り替えた場合、日本経済はどうなるのかという不安があると思」うかもしれないが、貿易相手国として中国、韓国が上位を占めていることを考えれば、「アジア諸国との関係が良好なら大きな痛手にはならないはず」だと著者は述べる。わたしも同感だが、安倍政権が対米従属のまま政治的発言を続けていく限り、先行き不透明なことといわねばならない。
 「戦後の遺物である対米従属の安保体制から脱することを前進させ、『対米自立』を実現しなければならない」という著者の強い思いを、多くの人に本書を手にとって、喚起されて欲しいと思う。

(花伝社刊・18・11・25)

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