窪島誠一郎 著『ぜんぶ、嘘』
(「図書新聞」19.6.29号)

 窪島誠一郎は、長野県上田市にある信濃デッサン館(一九七九年設立、二〇一八年休館)と無言館(九七年設立・開館)の館長として知られている。わたし自身は三度ほど訪れたことがある。しかし、信濃デッサン館が昨年の三月に休館したことは、うかつにも知らなかった。
 窪島は、八一年、四十歳の時に、著書としては初めての『父への手紙』(筑摩書房)刊行以後、精力的な執筆活動を続け、数多くの著作を出してきているが、詩集としては、『くちづける』(一六年)に次ぐ二冊目となる。
 昨夏、「命にかかわる病で手術入院し」た。「退院したらこの詩集を出してもらえる、というのが大きな生きる目標になった」と、「後記」に記している。信濃デッサン館の休館も、そのことが影響していたのかもしれない。
 「砂時計の砂が落ちるように/ふいにだれかが、水槽の古びた栓をぬくと/『今』が、すうっと消える/手のとどかないところに すうっと消える//この風景だけは/いつまでも 変わらない/わたしが死んでも/何も変わらない」(「何も変わらない――塩田盆地を望む――」)
 塩田盆地(塩田平)の風景、つまり、信濃デッサン館がある場所から俯瞰できる風景は、確かに素晴らしい。初めて訪れた時、もちろん無言館はまだなく、小さな美術館というイメージだった。だから、変わらないであり続ける風景と、「水槽の古びた栓をぬくと/『今』が、すうっと消える」という非対称な感覚に深い哀しみが滲んでくるかのようだ。
 「死の匂いは/わたしの『希望』の匂い」(「死の匂い」)、「『生きること』から/のがれたいのは/けっして『死にたい』ことではない」(「安楽死」)
 死は、予期している限りは死ではない。生きていることから離反して死を想起することもありえないと、わたしなら考える。「死」と「希望」の連関には、反転した鏡のように自身の心的な面を投影している。それは、「生きること」と「死にたい」ことも表裏の有様を持っていることを意味している。夭折した画家たちの作品の展示を想起した詩人にとっては、「死」と「生」は、常に表裏の感覚のなかに包まれてきたことになるはずだからだ。
 「母の足音がかなしい/駆け出した私を/遠くから追ってくる母の足音がかなしい//『母』という言葉がかなしい/『母』という文字がかなしい」(「かなしい母」)
 詩人には、二人の母がいた。母というものは、本当は一人しかいないはずなのに。ずうっと一人だけの母を母と思ってきた詩人にとって、母とはなにものであったのか。母は、詩人にとって「かなしい」有様であったことになるのだろうか。いや、母をそのように想う自分自身が、「かなしい」有様なのだと告白しているように、わたしには思われる。
 「その街が/記憶から消えたのはいつだろう/ふっと私の故郷が/地図から消えてしまった」(「街」)
 自分自身の出生を記す謄本には、生地が記されている。それは、嘘の記述であってはならないものであるはずだ。だが、生地(故郷)は、生まれた場所でも故郷でもなかった。
 「いたずらに目覚めを急かせる/まぶしい朝陽が苦手/言葉すくなく/身悶えするように沈む/夕陽のほうに惹かれると言ったのも/ぜんぶ嘘、といったら/わたしはやはり磔の刑でしょうか//ぜんぶ嘘、といったら/わたしを許してくれますか」(「ぜんぶ、嘘」)
 「嘘」という言葉に、詩人が込めているものはなにか。本当のことがあって、「嘘」があるのだろうか。そうではないと思う。詩人にとって、「嘘」は、いいようのない「声」であり、必死の思いで発する言葉にならない「声」のような気がする。
 『父への手紙』のなかに次のような一節がある。
 「私は『つくりごと』の嘘をかさね、またその嘘の訂正のために嘘をかさねた。懸命にこしらえあげた自己訂正が、もう一つの新しい嘘をうんでゆくのはつらかった。(略)おまえの出生地はどこかと人から問われても、私にはこたえられない。しばらく考えたすえ、父母から教えられた通り、(略)こたえる。ここから、すでに私の嘘ははじまっているのだった。嘘というより、自分自身でも確信のもてないアヤフヤなうけこたえがはじまっていた。」
 窪島誠一郎にとって、「嘘」は、「本当のこと」の反語ではない。「嘘」には、自分自身の有様のすべてが詰まっているのだ。「嘘」がなければ、存在自体もあり得なかったということになるからだ。そうであるならば、やはり、「嘘」は、必死の思いで発する言葉にならない「声」なのだということになる。

(七月堂刊・19.3.11)

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