前山光則 著『ていねいに生きて行くんだ《本のある生活》
(「図書新聞」20.2.29号)

 七十年代から八十年代にかけて(何号まで発行されていたかは正確にはわからない)、福岡で『暗河』(編集・石牟礼道子、松浦豊敏、渡辺京二)という雑誌が刊行されていた。わたしは、何号か購読している。本書の著者は、最初期から関わっていて、第四号に「島尾敏雄序論(1)」が掲載されたという。以後、『暗河』の「編集作業にも深く関わることとなった」と述べている。『暗河』の発売元となっていた葦書房の流れを汲む弦書房のホームページに「本のある生活」と題して二〇一〇年二月からコラムを連載してきて、現在、三五〇回以上続いている。その中から七十編を収めたものが本書である。
 書名の「ていねいに生きて行くんだ」は、淵上毛錢(一九一五〜五〇年)という熊本県水俣出身の詩人の「出発点」という詩の一節からとられている。
 「美しいものを/信じることが、//いちばんの/早道だ。//ていねいに生きて/行くんだ。」
 著者は、「さんざん飲んだくれて癌を発病した人間」だが、克服してきた。しかし、妻は一八年七月に亡くなる。享年七一。「亡妻の遺品を整理していて久しぶりに」、毛錢のこの詩を目にしたのだ。
 「妻の使っていた「3イヤーズ・ダイヤリー」との名がついた手帳の最後のページに、きちんとした大きな字で全文が記されていたのである。これを目にして、こみあげてくるものがあった。」
 奥付をみると著者が編集した『淵上毛錢詩集』(石風社・一九九九年刊、増補新装版二〇一五年刊)が記載されている。二人の間では、毛錢の詩世界は対なる関係性を表象し続けるものとして、あったに違いない。
 本書は、本と出会う生活を綴った文章群によって構成されているのだが、それは、同時に出会った本の著者たちへの追悼、思いを綴る文章群によってかたちづくっている。
 石牟礼道子、弘夫妻のことを、「妻は、自分が癌で苦しんでいながら、石牟礼さんのパーキンソン病が不治の難病であることを「かわいそう」と、いつも気にかけていた」と述べるとともに、弘氏を著者は次のように語っていくことは、同じ教師という親近性だけではない思いが滲んでいる。
 「温厚な人柄で、周囲の人たちから「石牟礼先生」と呼ばれて慕われ、道子さんの活動を陰で支えた。定年まで教師として勤め上げて以後は、地元水俣で自適の日々であった。」
 森崎和江、河野信子、石牟礼道子と列記して、鮮鋭な九州の表現者で私的なことが露わだったのは、ある意味森崎だが、石牟礼は、ほとんど知られていない。わたしは、河野さんとは、私的に通交したから、ある程度はわかる。この違いが、わたしにとって石牟礼道子に対する逡巡のような感じを抱き続けてきたのだが、本書によって氷解した。
 本書の巻頭に配置されたのは、島尾敏雄をめぐる文章だ。著者は大学卒業間近の頃、旺文社で文庫本編集などのアルバイトをしていた。担当の編集者に島尾敏雄で一冊出すことを提案、たまたま上京していた島尾に二人で会いに行って交渉し快諾してくれた。一年後に旺文社文庫版『出発は遂に訪れず・他八編』が「発売され、よく売れて、版を重ねた。島尾氏には、以後もわたしの最初の本『この指止まれ』(葦書房)の帯文を書いてくださったり、雑誌『暗河』の編集を担当していた時期には(略)座談をしてもらったりしたのであった」と述べている。一七年七月、奄美で行われた「島尾敏雄生誕一〇〇年記念祭」に参加して加計呂麻島呑之浦を再訪した時のことを綴る箇所を引いてみる。
 「特攻用の震洋艇が格納されていた幾つかの壕が、浜辺のそばの山襞にまだ残っている。その中の一つには、映画「死の棘」ロケの際に撮影用に作られた実物大の模型が置かれている。(略)さほど大きくないボートだ。しかも、ベニヤ製。これは本物もそうだというから、哀しい。(略)島尾敏雄氏は敵艦に突撃して散ることを任務とし、日々を過ごした。立派に死ぬこと以外は考えてはならなかった。(略)八月十五日になって不意に敗戦……、両人(引用者註・島尾敏雄とミホ)の当時の心の内を想像していると、胸が詰まってしかたがなかった。」
 わたしは、一八年十一月に初めて呑之浦を訪れた。入江は静かな水面を見せてくれていた。わたしも、震洋艇の模型を見て、哀しかったとともに空しかった。こんなベニヤ製で米軍のどんな船に突撃しようと考えたのかと思うと敗戦近い日本国家の指導者の虚妄さによって、多くの犠牲者が出たことに憤りを感じないわけにはいかなかった。 
 あらためて、「ていねいに生きて行く」ことを考える切実さを思わないわけにはいかない。

(弦書房刊・19.9.30)
              

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