浅野詠子 著『彫刻家 浅野孟府の時代 1900―1984
(「図書新聞」20.3.7号)

 彫刻家、浅野孟府(一九〇〇〜八四)といっても、詳しく知っている人はそれほど多くはないはずだ。わたしも、中学生時に白土三平の劇画作品『忍者武芸帳 影丸伝』(貸本漫画版)に感動し、その後、父親、岡本唐貴が画家であること知り、十代後半から岡本が親交をもった人物の一人として浅野孟府という名を微かに記憶の中に留めたに過ぎない。
 本書の著者は、同姓ではあるが、浅野孟府と縁戚関係はない。長く、「奈良新聞」の記者をしていた著者にとっては、金沢出身で、東京美術学校で学び、その後、東京と大阪を往還しながらも、敗戦後は大阪を拠点にして後半生を送った孟府とは、地理的には近い関係にあったということになる。
 「孟府は自作に未練をもたず、作品よりも創作行為そのものを大事がっていた。(略)戦後のあるとき、著名な実業家から胸像の依頼が来たが、造っては壊し、造っては壊しをくり返しているうちに納期が過ぎて、注文がご破算になったことがある。(略)孟府自身は、多くを語らぬ人であった。日記や自伝などは何も残していない。本業の彫刻は遅作、寡作であることに加えて、当人は寡黙。これらすべて孟府の魅力を深くしている。」
 二〇年、「孟府と唐貴は、神戸で出会った」という。二年後、上京し共同生活を始める。二人は東京美術学校に入り、北村西望に師事する。その後、彫刻と絵画を並行して続ける。やがて、大正から昭和へと時間が移行する時期は、左翼運動、プロレタリア美術運動といったことが渦巻く時であった。唐貴は一貫して左翼運動に身を投じるが、孟府は、どうか。二八年、「階級闘争を志向するプロレタリア美術運動のグループ展」に、「レーニン像」を制作し出品している。
 「村山知義の自伝によると、当時のアバンギャルドの美術家たちは、アナーキズムとコミュニズムの区別はよくわかっていない。(略)この視点は、孟府没後の追悼式において朗読された一代記の内容とも符合する。「孟府にとって左翼とは、クロポトキンの無政府主義までは理解できても、マルクスはそれほどわからず、バルザックの評価に共鳴していただけで、何か新しいもの、ファッショナブルなものとして認識されているようでした」と追悼式の台本にはある。」
 村山は、硬直したコミュニスト(共産党員)であるから、認めがたいアナキズムと混同して理解されることは許せないだけなのだ。むしろ、孟府が、「クロポトキンの無政府主義」を理解していることの方が凄いと、わたしなら率直にいいたい。
 「孟府はブタ箱に出たり入ったりする渦中、人形劇をはじめとする児童文化のジャンルに独特な造形を次々と開花させていく。」
 本書の口絵に彫刻作品とともに孟府制作の人形三体(人形アニメ『羅生門』・六三年)の写真が収められている。三〇年に、人形劇団「トンボ座」、三二年に「人形トランク座」に参加、そして、三五年、「大阪人形座」を旗揚げする。「そこに二九歳の青年」で、「戦後、東宝映画『ゴジラ』の怪獣を造形する利光貞三」が加わる。彫刻、絵画、人形制作と多岐に渡って創作活動していく戦前期のなかで、孟府は、戦意高揚映画に関わる。日米開戦一周年に合わせた『ハワイ・マレー沖海戦』(監督・山本嘉次郎、特撮・円谷英二、四二年・東宝)という作品だ。
 「映画の美術を孟府が引き受けた直接の動機は、生活のためだと、次男潜の自伝にある。(略)三六(略)年に生まれた長女に「映」という名をつけている。(略)映画は、孟府の造形世界における里程標といえるだろう。」
 左翼から転向し戦争協力映画をというのではなく、「造形世界における里程標」という著者の位置づけは納得出来るような気がしてならない。
 敗戦後の孟府は、彫刻の仕事は続けながら、新聞小説の挿絵も描いているが、けっして生活は楽ではなかった。
 「孟府が世を去ったのは、一九八四(略)年、満開のサクラがちらちらと舞う四月一六日のことであった。(略)死の八ヵ月前まで、孟府は制作していた。(略)芸術家の人生には満潮期と退潮期があるといった評論家がいるが、こと孟府の生涯においては退潮期があったことを感じさせない。過労で倒れる寸前までこの像に取りかかっていたことを思うと、生涯、造形師を貫いた。」
 著者の視線は、孟府にたいして優しく注がれていく。左翼的な渦動に身を置きながらも、たぶん、多くの思想家や文学者のような、転向などという様態とは関係なく、造形の仕事が好きだったという理由で、戦意高揚映画に関わる孟府の像は、「作品よりも創作行為そのものを」切実に考える稀有な存在を表出しているといっていいと思う。

(批評社刊・19.11.5)

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