鳥居哲男 著
『わが花田清輝 上巻(戦前篇)――
生涯を賭けて、ただ一つの歌を―。』  

(「図書新聞」20.4.25号)

 わたしが、花田清輝の名を認知したのはいつだったのか判然としないが、たぶん、吉本隆明の著作を通して知ったと思うから六八年か六九年の頃で、十代後半の時だ。いわゆる五十年代後半になされた花田・吉本論争の一端を知ったことが契機ということになる。著者は、わたしより十歳以上年長で、花田を知ったのは、『映画的思考』という著作をたまたま七二年に読んだ時だったと本書では述べている。著者、三十代半ばの頃だ。そして二年後に花田は亡くなる。わたしが通交してきた年長の知人たちに花田愛読者が結構いて、だいたい二十代前半には読んでいるのに比べ、やや意外な感じを受けることになるが、早い時期に接していたことで、やがて熱が覚めていったと思われるわたしの知人たちに比べれば、本書を八十代に入って著わすことになる著者には滾るものがあり続けてきたのではないかといいたい気がする。
 「どのみち、花田清輝という人物と著作群を俎板に乗せて論陣を張るというような大げさなことをしようなどとは思わない。出来るはずもない。私が花田清輝という人物と作品について語るということは、つまるところ、花田清輝を通して私自身を探るということに他ならないのだから。」
 わたしは、花田清輝の熱心な読者ではないが、学生時代、雑誌「映画芸術」を購読し、個人的に編集長・小川徹と親しくさせていただき、後に小川徹が刊行した『花田清輝の生涯』(本書の中で度々引かれている)は読んでいる。さらにまた、戦時下に「文化組織」や林業新聞の関係で花田と通交していた秋山清を通して親近感を抱いたのは確かだ。最初の頃のイメージから、かなり近接な感受を抱くようになって、久しぶりに花田清輝の名を冠した著作に接したことになったわけだが、著者の熱い言葉に圧倒されて一気に読み終えたことになる。
 初めて出会った花田清輝の思考から著者は、「私が得たものはこれまでの自分自身を恥ずかしいと思う感覚と一種の開き直りである」と述べていく。そして、「自分でいうのもおかしいが、洗脳されてしまったような牴崚張┘團粥璽優鶚瓩涼太犬任△襦廚箸いだ擇辰討靴泙Αわたし(たち)にとっては、エピゴーネンという時、他者に対する蔑称の意味合いを持つ、自ら宣するようなことはしない。しかし、本書の著者が、このように堂々と牴崚張┘團粥璽優鶚瓩判劼戮討いことにある種の潔さを感じるし、最近では花田清輝をめぐって論及されることが激減していることを考えれば、このエピゴーネンが深い位相を有していると捉えていい気がしてくる。
 本書では、花田が若い時、辻潤と交わした会話を引いている。花田は、「僕は一生アマチュアで生きてゆくつもりです」「人からプロフェッショナルと見られようとも、僕はアマチュアで通す」と述べていることに対して、辻潤が「僕も同じだ。同志が一人増えたな」と応じた。
 「私はこの「アマとプロ」の中の一節が好きだ。何気ない会話のように見えるが、ここに稀有な二人の清らかな魂が垣間見える。並々ならぬ決意というより、ここに人間としての高潔さがあると感じるのはわたしの思い込みにすぎないのだろうか。」
 いや、思い込みではない。わたしもそう思う。多分、後年、そのようなことを花田清輝は直截にいうことはなかったかもしれないが、基層には絶えず潜在し続けていたはずと見做していいはずだ。偉大な思想家、文学者といえども、若き日に抱いた想念は、霧散することはないといいたいからだ。
 戦時下の活動のなかで中野正剛の弟と親しかったため、正剛との関係を戦後、吉本をはじめとして批判されたのは、よく知られたことだが、著者の見方はこうだ。
 「花田は自分の本当にやりたいことをやるために、どのようなコネクションをも、猴用する瓩海箸里任る柔軟性を持っていた。無節操というわけではない。」「彼本来の悠々とした人間精神を貫いていたといえるだろう。」「誤解を恐れずに言えば、花田清輝は完全な爛▲福璽スト瓩世辰燭里任△襦」
 本書は著者が主宰している年一回刊の同人誌「裸木」に十数年間、書き続けてきた論稿が基になっているという。まだ、未完で「最後の章とエピローグが残っている」ため、全一巻で刊行することを断念して、まずは上巻の刊行となった。そして次のように巻末で述べている。
 「とうてい歯が立たないような花田清輝について、私が書いていることは、爛薀屮譽拭辞瓩砲靴すぎない。」「ラブレターなのだから、何だって許される。思いの丈を書けばいい。花田清輝の評伝の形になっていなくても、支離滅裂でいいのだ。」「本当にラブレターを書くということは、死ぬほど辛く、しかし、生きていることを実感することなのだ。」
 だから、書名が、「わが花田清輝」となるのだということは納得できる。下巻の早めの刊行を待ちたいと思う。

(開文堂出版刊・20.1.1)

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