谷本賢一郎 歌/ギター・CD『青空/赤とんぼ』(「図書新聞」07.4.7号)

 〈声〉が発生する場所というものを考えてみる。もちろんこれは、聴き手の側からの視線である。〈声〉を、“声”自体としてわたしたちが聴くわけではない。聴くという行為は、〈声〉を媒介に様々なイメージが、喚起されることを意味している。ならば、喚起されるもとの場所とはなにかということを、知りたくなるのは当然のことだ。もちろん、そのような想いも起きず、なんのイメージも喚起されない“声”の方が、圧倒的に多いのはいうまでもないであろう。
 以前、ライブで、初めて谷本賢一郎の“声”を聴いたことがある。間近に彼の実像と、しかもよく通る、きれいなといってもいいその“声”に接して、正直なところ居心地の悪さを感じたものだ。それは、どこかで、自分のいる場所と彼の声が発する場所との違いに思い至ったからだ。もしかしたら、曲目の選び方もあったかもしれない。わたしが、好感をもって聴いていた上々颱風のリーダーだった紅龍と親交があって、そのライブでいくつか紅龍の曲を歌っていたことを、後で知った。
 これは、いささか逆説的ないい方になるかもしれないが、紅龍の風貌と彼が発する声がひとつの存在性を表明しているから、聴くものの心奥を撃ってくるのだとわたしは思っている。
 今度、谷本賢一郎の実質的なデビューCDをあらためて聴いて、ライブでの印象を全面的に訂正せざるを得ないことに気がついた。紅龍、作詞・作曲による「青空」(ライブでも聴いていたかもしれない)の、ピアノの旋律に合わせながら、高らかに、しかも軽やかに、ゆっくりと発せられた〈声〉は、紅龍がもっているリリカルな詩のイメージを壊すことなく、一人の歌手・谷本賢一郎のいま現在の在り様を率直に表明しているかのように聴こえてくるのだ。CDを聴きながら、ようやく、こちらの場所と、〈声〉が発生する場所との交換が成立したように思えてきたといっていい。CDを聴いて、このような感慨を覚えるのは久しくなかったことだ。谷本賢一郎の“声の魅力”といってしまえば、そうかもしれないが、むしろ“魅力”といった表層的な形容では括れない、豊饒なものが、その内部にはあるといってみたい気がする。ライブの時から、数年は経ったように思う。その数年のうちに彼の内部にどんなことが醸成されてきたのかは、分らない。しかし、確実に、一つ大きなかたちとなってそれは、表われてきているといったら、大げさすぎるだろうか。いや、そんなことはない、人は誰でも関係性のなかにいる。表現というものは、その関係性をどう繰り込んでいくかということでもあるのだ。「青い空を 抱いてる」というフレーズは、そんな関係性を意味するひとつの表象だとわたしは捉えている。カップリング曲は、谷本の故郷・兵庫県出身でもある三木露風の作詞、山田耕筰作曲の名曲「赤とんぼ」。「十五でねえやは 嫁にゆき お里のたよりも たえはてた」という詩句は、深い実相をもっている。むろん、谷本は、いま現在という場所からそれを唄えばいいのだし、なんの外連みもなく郷愁を偲ばせて唄えばいいのだ。今後、どんな歌を彼の〈声〉を通して聴かせてくれるのか、期待感が膨らんでくる。

※「『青空』作詞/作曲・紅龍、ピアノ・渡麻衣子」、「『赤とんぼ』作詞・三木露風、作曲・山田耕筰、編曲/ピアノ・うるしどひろし」頒価500円(税込)
※CDジャケットのイラストは谷本本人による。なかなかセンスある絵であることを強調しておきたい。
※【問い合わせ先】(株)トリック・スター社・TEL03‐5331‐3261、FAX03‐5331‐3262

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