CALENDER

S M T W T F S
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
<< June 2018 >>

CATEGORIES

archives

2006.07.12 Wednesday

表題のイメージに再生を託して

0
    立山澄夫詩集『アゲハの舞台』(『図書新聞』04.2.14号)

     「あとがき」には、三十年ぶりに「詩界」に帰ってきたとある。履歴によれば、六一年、七〇年に二つの詩集を出し、九七年に『立山澄夫詩集』を出している(すべて思潮社刊)。第一詩集から四〇年以上経っているにもかかわらず、「あくの強い詩篇」といい、「初めて詩を書く実感」とも述べる七十一歳の詩人は、自らの言葉の世界をどうわたし(たち)に開示しているのだろうかと思いつつ、三十二の詩篇を管見した。
     本詩集は、三部に分けられ、機屮蹈咫爾龍で」に十篇、供嵬斛海貽」に十七篇、掘嵶个良」には五篇配置された構成をとっている。一瞥、気鉢靴砲榔のТ兇里△襪發里多く配列されているように思った。例えば、巻頭の詩「フレッシュ・アンコール・ワット」の最後の二連、それぞれの終りの一節は、「五基の尖塔 ベールの茜」、「星に聞きます 明日のハミング」である。「ローカル鉄道」では、三連目、六連目の最後の節はそれぞれ「あらぬ裳裾が 思い出つぶす」、「まつりの夜の なさけが遠い」だ。「愛」の最後の一節は「ひとみ泳いで 岸まぢか」、「ビルの憂鬱」では、「君を欲しいと 言うまえに」で終えている。気任蓮⊆啓靴留のГ多用され、兇任麓係泙留のГ多用されている。このことは、作者が意識的にとった方法なのかどうか、判断しかねるが、定型的な韻律は確かに詩を読むものに、ある心地よさを強いることは確かだ。ただし、詩の構造としては、それでもいいのかもしれないが、韻律の強さは詩の意味を空白化することになりかねない。例えていえば歌うことによって残る意味と、空白化してしまう意味があるということだ。
     「ローカル鉄道」でいえば、〈歌う〉という行為によって、ある種の風景がせり上がってはくる。だが、韻律の強さが抑制感を排除して叙情性や心意を感受させることを困難にしているともいえるのだ。だからわたしの関心は、兇了輅咾燭舛砲匹Δ靴討盡かざるをえない。
     「定年七景」のうち〈一生一篇〉の第一連。
     「ひとはだれでも一篇の詩を持つ と/辛さが無くなってから物にしよう/読んで楽しいものにしよう/その忌明けが間近だと思った」(53P)
     この詩人は、「永年勤めた歯科医の手を置」いたと「あとがき」で述べている。「定年七景」は、そんな作者の心情が率直に表現された詩群によって構成されている。「ひとはだれでも一篇の詩を持つ」という表明は、「三十年ぶりに」詩を書くことになった現在の〈私〉の表明でもある。「持つ」のあとに空白をとって「と」を表記したのは長い空白感の余韻をいいたかったにちがいない。
     そして、書名としてとった詩篇「アゲハの舞台」もまた、この長い期間から新たに孵化して舞い上がるイメージが、詩人としての再生を仮託していると捉えることができるはずだ。
     「いのちの充実を 藁筒(わらづつ)に封じて/太陽と雨と緑 あまりに大きい飛躍/味わう前に 跳(は)ねすぎる命/自覚する前に 輝きすぎる羽根」
     飛翔のイメージは、この詩人の「決意」のようなものを想起させるといいたい。そして、わたしがこの詩集でもっとも好感をもったのは、「星の寝床」であった。
     「銀の点字を 打ちつづけ」、「星の巻きものが ほころびる波の花」、「星の落穂を ついばみながら」、「水平の果て 気もそぞろに碧(あお)」といった言葉たちの連鎖が、心の物語のメタファーとして、見るものに清々しいイメージを喚起させる力を持った詩篇だといっていい。
     不思議に思うのは、この詩人にとって、歯科医という仕事と詩作という表現は、どうして相容れないものだったのかということだ。少なくとも、この詩篇たちに込めた作者の心意を、わたしなりに推察すれば、様々な事情があるうえで、あえて詩作を断念するかたちをとったのかもしれないということしか、いいようがない。「アゲハの舞台」や「星の寝床」に見える作者の詩世界は、様々な、絡めてからの解放感のようなものを感じとることができるからだ。(竹林館刊・03.11.10)

    2006.07.11 Tuesday

    現在のメディアと世論はパロッティングな状態

    0
      石川 旺 著『パロティングが招く危機―メディアが培養する世論』(『図書新聞』04.8.7号)

       ここ数年の、なにやら不穏な時代情況を、ひとことでいいあらわすとすれば、ナショナルなエモーションの拡がりといっていいと思う。かつて七〇年代中頃、〈保守化〉といわれた時期があった。これは、七〇年前後の政治思想的激動の反動から招来したものと捉えられていたし、また高度消費社会段階への移行の象徴としていわれたことでもあった。もちろん表層的には、保守政権への大多数の加担(野党勢力の失墜)といった事象を指示していたことは当然のことだ。だが、改憲を目論む自民党政権の潜在化した理念は、憲法九条が依然、足枷としてあって身動きできない情況であったのは確かなことだった。
       八〇年代後半、保守政治のなかで急激にその政治的動向が注目され出した小沢一郎は、時にメディアによってタカ派のレッテルを貼られ、その政治的理念が批判を浴びていた(これは、本書の言葉をつかえば、ある種のパロティングだったといってもいい)。だが、彼は九条改憲ではなく、自衛隊の国連軍参加は、付設条項を加えるだけで充分だという考え方であった。小沢に象徴される田中政治支配へのアンチ勢力としてYKK(山崎拓、加藤紘一、小泉純一郎)が注目されだしたのもこの頃であった。山崎を別とすれば、加藤、小泉にはいくらか(これもメディアによるパロティングで、小沢に比べればということになる)リベラルなイメージがついていたように思う。それは、小泉が橋本に勝利して自民党総裁に就任するまでであった。村山が、首相になった途端、いとも簡単に自衛隊合憲発言した時と近似した現象を喚起したのだ。高い支持率(このこと事態の不可思議さは、本書で見事に解き明かしてくれる)に乗って、自衛隊独自での海外出兵、有事法制定、そして極めつけは、九条改憲を堂々と発言するという態度を露呈していく。小泉のヒステリックなナショナル意識は、メディアが作り出す〈世論〉とリンクして、わたしたちに気分としてのナショナリズムを醸成していくのだ。
       本書の著者は、それをメディアに醸成された「なんとなくムード」と規定する(15P)。まったく首肯する思いだ。本書は、新聞に代表されるメディアのあり方に、精緻な分析を加え切開したきわめて明快なメディア論だといえる。それは、一切の予見を排して徹底的に現在を見据えて論述しているからだ。
       現在の新聞メディアの怠慢な報道姿勢は、新聞の一紙購読習慣に支えられていると著者はみなす。わたしたちの多くはおそらく、わが国の有力新聞は「公正・中立」であり、どの新聞を購読しても同じだから一紙でいいとする判断をとっているといっていい。
       「大手メディアはしばしば『公正・中立』『客観報道』といったスローガンをみずから標榜する。しかし現実問題として考えた場合、『公正・中立』とは果たして何なのかは曖昧である。(略)『意見が対立する問題については、双方を公平に扱う』といったような実践方法が報道機関の中で指針化されている。しかし、実態としてこれは単なる両論併記にとどまっている。そして、両論併記と『公正・中立』とのあいだには隔たりがある。」(20P)
       こうして、「公正・中立」、「客観報道」というメディアが標榜する幻想性は、「既成事実への屈服という現実感」(156P)を報道論調として露呈していくのだ。自衛隊が、朝鮮半島の内戦を機に、警察予備隊として発足した時、有力新聞のほとんどがただ事実として報道し、その後の組織・軍事力の拡充、そして現在のイラク派兵とすべて「既成事実の積み重ね」という現状追認報道が、新聞メディアの今日の様態を形づくっていると著者は指摘する。
       「現状追認はしばしば、『現実的、具体的なものの見方』といった印象を与える。理念にもとづいた議論は、『現実離れしている』『状況への認識が不足している』『机上の空論である』といった批判を浴びて退けられやすい。このような議論の場に起こりがちな幣を打破するのはやはり、問題の理性的な分析・判断であろう。」(157P)
       だが実際は、新聞やテレビといった報道メディアは、一つの事件・事象が起きれば、いっせいに同じ様に反応し、そして過剰に報道し、私たち読者・視聴者が冷静に判断する余裕を与えない論調を流布することになる。小泉流メディア操作は、いわばこうした報道ファシズムを利用したものに他ならない。そして、数々の世論調査によって思想的政治的潮流を形成させていくメディアの在り様は、戦前も現在も変わっていないのだ。「個人の中で培われた態度との関連が希薄なままに、『情報』として受容された争点に関する見解をそのまま表明する行為」(76P)を著者は、「パロティング」と呼ぶ。現在のメディアと世論は、「パロティング」な状態だと本書では、真摯に警告を発しているのだ。(リベルタ出版刊・04.5.17)

      2006.07.09 Sunday

      イスラエル社会を変革するための道筋

      0
        トム・セゲフ 著・脇浜義明 訳
        『エルヴィス・イン・エルサレム―ポスト・シオニズムとイスラエルのアメリカ化』
        (『図書新聞』04.5.22号)

         イスラエル建国の中心理念としてあり続けているシオニズムの内実と変容を論じつつ、パレスチナ紛争の現在と未来を、見据えようとしているのが本書だ。イスラエルの有力紙『ハアレツ』のコラムニストである著者は、「ポスト・シオニズム」と「イスラエルのアメリカ化」という切り口で、現在、世界で最も先鋭化し混迷した思想情況が露出した場所を切開してみせてくれている。わたしたちが、常に疑念を払拭できないこととして、そもそも、ユダヤ人・ユダヤ教とは何かということがある。そしてなぜ、「イスラエルの地」にユダヤ国家を建国しなければならないのかということも付け加えなければならない。選民思想を教義とするユダヤ教が、宗教の最終形態としての国家へと収斂されていく時、悲惨な情況はすでにはらんでいたというべきであろう。著者は、イスラエルの独立宣言の「ジューイッシュ・ステート」が、「『ユダヤ人の国』か『ユダヤ教徒の国』かの議論が今も続いている。」(114P)と述べている。
         かつて、マルクスは、「ユダヤ人問題に寄せて」で、次のように断言したことは、いまだに有効な意味をもっていると、わたしなら考える。
         「ユダヤ人の社会的解放は、ユダヤ教からの社会の解放である。」
         ユダヤ人とユダヤ教徒がイコールである限り、イスラエル・パレスチナ紛争の未知への道筋は見えてこないというべきであろう。著者がいう「ポスト・シオニズム」と「イスラエルのアメリカ化」は、いわばその可能性を模索することを意味していたが、シャロン政権誕生によって、すべてが後戻りしたのだ。
         ところで、本書で著者はそもそもシオニズムは、様々な位相を持っていたと指摘する。イデオロギー的には右派から左派までかなりの幅があったとする。シオニズムを提唱したヘルツルは、世界のユダヤ人問題解決の手段と考えていたが、「イスラエル・シオニズムは、ある時点から、国家樹立を独立した自己目的とした」(28P)と述べる。確かに、「キブツ」というのは、いうなれば地道にユダヤ人のアイデンティティを模索する共同体運動といってもよく、必ずしも、大ユダヤ主義への指向をもっているわけではない。だが、現実的には、「母親がユダヤ人である者と、正統派宗教裁判所によってユダヤ教に改宗したと認められた者だけにユダヤ人資格が与えられ」(118P)、イスラエル国籍を取得するという。これは、「新生イスラエル社会」が「ユダヤ文化」に基底的に支えられていることを意味している。
         「エルサレムに続く道沿い、ネヴェ・イランあたりにガソリン・スタンドがある。その隣がエルヴィス・プレスリー・レストランである。入口に、数年前にオーナーが注文して作らせた実物より大きなプレスリー像が立っている。(略)
         イスラエルのアメリカ化はこの国の根幹的変化であるにもかかわらず、まだ全面的に語られたことがない。簡単に言えば、生活の全領域でアメリカ依存が進行しているのだ。アメリカ化は社会的連帯の絆を弱め、元祖イスラエル・シオニズムとは対照的に、個人を社会生活の中心にした。」(68P)
         著者が考えるポスト・シオニズムとしてのイスラエルのアメリカ化は、「ユダヤ人の社会的解放は、ユダヤ教からの社会の解放である。」というマルクスの提言に通じるものだ。わが国もそうだったように、近代化や生活レベルの向上というのは、遺制的なもの、保守的なもの(強固な宗教性といってもいい)を切り捨てていくことに他ならない。まして、わが国の天皇制という遺制がそうだったように、強固な選民思想にもとづくユダヤ教がすべてという新生イスラエル国家にとって、アメリカ的キリスト教に根ざした個人主義的デモクラシーの洗礼を受けることは、あらたな国家アイデンティを有することを意味している(著者はイスラエルを依然、「ユダヤ的」ものと「民主主義的」ものとの軋轢があると捉えている)。
         「ポスト・シオニズムが目指すものは、あらゆる種類のイスラエル人が自国の二大文化潮流であるアメリカ的、ユダヤ的文化に合わせて、自由・平等に生活できるシステムを作ることである。」(200P)
         「(略)イスラエル人もパレスチナ人もこの地以外に行くところがない。今は、パレスチナ人のテロのため、イスラエル人はシオニズムの母胎へ戻ってしまった。これがパレスチナ人の復讐なのかもしれない。」(212P)
         著者は、このように述べつつ、イスラエル人が「シオニズムに代わる何かを認め」て、「次に来る社会」を遠望するはずだと断言して本書を閉じている。本書が、シャロン政権が誕生して間もない二〇〇一年に刊行されている。その後のロード・マップの破綻、テロにたいする報復という名目のもと、圧倒的な軍事力によるパレスチナ自治区への容赦のない攻撃は、「次に来る社会」と明らかに逆行した情況がイスラエルの現在に到来している。
         だが、それでもなお、やはり著者がいうようなポスト・シオニズムという「非宗教的リベラリズム」(「訳者あとがき」)に、「幻想と神話」が強固なイスラエル社会を変革するための道筋を託すしかないのかもしれない。(つげ書房新社刊 ・04.3.10)

        2006.07.09 Sunday

        イスラエルとパレスチナにおけるコミュニティ間戦争を分析

        0
          バールフ・キマーリング 著・脇浜義明 訳『ポリティサイド―アリエル・シャロンの対パレスチナ人戦争』
          (『図書新聞』05.1.29号)

           イラクが依然、内戦と混迷状態のなか、ブッシュが再選され、アラファトが亡くなった。そして、パレスチナをめぐる民族・国家間戦争は、ますます出口がみえない暗渠のなかだ。対テロ戦争を掛け声に、アフガン、イラク侵略を遂行するアメリカ国家の〈帝国〉主義的象徴をブッシュ・ジュニアに擬定するとすれば、イスラエルによるパレスチナ侵略の象徴は、なんといっても現首相のアリエル・シャロンということになる。一九九三年、画期的なオスロ合意がかわされたにもかかわらず、和平派ラビン首相は、九五年、ユダヤ過激派によって暗殺された。その後、首相となったシャロンは、ユダヤ強硬派(愛国的民族主義派)と軍部を背景に、オスロ合意を無に帰す戦略行為を実行していき、今日の、巨大軍事攻撃対自爆テロという泥沼の戦時状況を招いていることは、周知のことだ。
           本書の書名でもある、「ポリティサイド」とは、「『政治』を意味するポリティックスと『民族の虐殺』を意味するジェノサイドを合成した造語」(訳者註)であり、本書においては、「パレスチナ人の正当な社会的・政治的・経済的まとまりとしての存在を解体」(本書「序」)していくプロセスのことをさしている。副題に、「アリエル・シャロンの対パレスチナ人戦争」とあるように、二〇〇一年二月、五二%の得票を得てイスラエル国の首相となったアリエル・シャロン(二〇〇三年に再選、首相を二期務めるのは八一年のメナヘム・ヘギン以来である)を、「ポリティサイド」を実行する“破壊的なエージェント”として本書では取り上げている。
           イスラエル出身の社会学者である著者(トロント大学社会学教授、エルサレム・ヘブライ大学教授)は、「一時的な避難場所であるカナダのトロントで、深い悲しみと苦悩を抱いて」(「序」)、本書を書き上げたと述べている。どのような経緯でトロントに“避難”しているのかは推測するしかないが、内なるイスラエルを告発していく著者の思いは、極めて論理的で、精緻で、明晰なイスラエルとパレスチナにおけるコミュニティ間戦争の分析になっているし、「シャロンの権力掌握を、一世代の長きにわたって続くイスラエル社会内部危機のクライマックスと見な」(65P)して、シャロンのあらたなる伝記的な記述・分析にもなっている。
           シャロンが「イスラエル最大の軍事思想家」(67P)として台頭していく五〇年代半ばからの活動(軍事的暗躍といった方がいいかもしれない)の描写は、首相としての、一見リベラル風な政治的揺らぎのなかにある実相の顔を照らし出している。例えば、このようなことだ。
           九・一一テロに便乗して、シャロンは、「『アラファトはビン・ランディである』との声明を急遽出し」て、イスラエル専門家の冷笑を買いながらも、「ブッシュ政権もアメリカ国民も、これを受け入れ」て、「シャロンの政治的嗅覚の鋭敏さを物語る」(226P)結果となり、イスラエルのその後の軍事行動には正当性があることを、国際社会的に認知されていくのだ。
           「本書は未来を予測したり、シャロンの本当の意図や計画を推し測ることを目的としていない。しかし、彼の言葉を注意深く読み、最近の軍事行動をよく分析し、イスラエルおよび国際社会の社会政治的文化環境に合わせて考えれば、イスラエルが今漸進的にパレスチナ人ポリティサイドを強化していることは明白に読み取れる。このポリティサイドは試行錯誤をともなう長期的プロセスである。国内の状況や国際社会の動向、あるいはパレスチナ人が意図せずして提供するきっかけを巧みに利用して、それを拡大し歪曲して、ポリティサイドを進める。」(227〜228P)
           このように述べ、著者はイスラエル・シャロン政権が押し進めている危険な情況を「サッチャーイズム化し、半ファシスト化」(「序」)しているとみなし、わたしたちに、一九四八年第一次中東戦争以後のイスラエルとパレスチナにおけるコミュニティ間戦争の歴史的政治的実相を、本書で見事に開示しているといっていい。(つげ書房新社刊・04.11.5 )

          2006.07.08 Saturday

          グローバリズムとはブッシュ政権の謀略のこと

          0
            ミシェル・チョスドスキー 著・三木敦雄 訳『アメリカの謀略戦争 9・11の真相とイラク戦争』
            (『図書新聞』03.12.20号)

             9・11同時多発テロの後、アメリカ・ブッシュ政権は、即時にオサマ・ビンラディンと背後組織アルカイダを特定しアフガニスタンのタリバン政権に身柄引き渡しを要求し、拒否されるとすぐさま、パキスタン政府と連携しながら空爆を実行したすばやさに、わたしたちの誰もが早送り映像を見ているような印象をもったはずだ。実は当時、テロ後のニュース映像にパレスチナ・ハマスの幹部のわれわれがやったのではないという声明が流れた時、パレスチナ問題からの反米テロではなかったことに意外な思いをわたしはもったといっていい。その時の印象でもうひとつ加えるとすれば、オウム真理教による地下鉄サリン事件と類似性があるということだった。メディア上まだ、実行犯や事件の背景が何ら明らかになっていない時に、警視庁は即刻、山梨県上九一色村の教団施設を強制捜査した。流布された情報は、強制捜査されることが分り、首都圏を混乱させるためにサリンをまいたというものだった。しかしそのロジックは一見、ありえそうだが矛盾に満ちている。ならば、サリン事件を事前に防げたはずだということになる。
             ところで、テロ実行犯たちの背後関係がすぐさま特定された不可思議さを、わたし(たち)が理解しきれていないうちに、テロの実行犯をCIAは事件前に特定していたにもかかわらず、捕捉できなかったことが、明らかにされた。しかし、それでもなお、情報の不分明さは払拭されたわけではないと、わたしはその時、思ったものだ。
             本書は、9・11テロ後におけるアメリカの世界戦略を謀略戦争と位置づけ、ブッシュ政権の暗部を様々な公文書、文献、情報を駆使しながら明らかにしたものだ。もともとビンラディンと背後組織アルカイダは、アフガンにおける対ソ戦略としてCIAが支援していたものだし、ソ連解体後はアフガンにおける石油パイプライン構築のためにタリバン政権を容認していたのだ。それらは、歴代政権はもちろんのこと、ブッシュ石油利権・政権の野望であることは周知のことだが、本書ではさらに踏み込んだ「事実」を具体的な石油会社、人脈を精緻に分析し明快に提示している。そして、そればかりではない、そもそもビンラディン、アルカイダとCIAは、どういう「関係」だったかを、衝撃的な「事実」とともに本書では明らかにしているのだ。
             CIAは、直接、ビンラディン(アルカイダ)、タリバンを支援していたわけではなく、パキスタン軍統合情報局(ISI)を通しておこなっていたのだ。9・11の二日前、ロシア寄りとされる北部同盟のリーダー、マスタード司令官が暗殺された事件は、ISIが加担し、そのことはブッシュにも報告が上がっていたと著者は述べる。ISIの情報局長アーマッドは、九月四日(以後、テロ後まで在米している)にアメリカを公式訪問している。CIA長官はもとより政府高官と面談している。アメリカの一部メディアはこの局長がテロ実行犯と接触し、資金提供者であったことを暴露したという。
             「米国政府は、パキスタン軍統合情報局を『仲介者』として利用することによって、外交政策を進めるうえで、国際テロを意識的に使ってきた。(略)パキスタン軍統合情報局長ムハマド・アーマッド中将が『米国が認めた被任命者』であったことを指摘しておきたい。(略)言い換えれば、ムハマド・アーマッド将軍は、米国の外交政策のために奉仕してきたのだ。(略)パキスタン軍統合情報局を通じてつながった米国の支援がなければ、タリバンは一九九六年に、政府を創設することができなかっただろう。(略)ブッシュ政権のパキスタン軍統合情報局との関係―九月一一日以前の週におけるムハマド・アーマッド将軍との『協議』も含み―は、『共犯』のみならず『隠蔽』の問題にもなってくるのだ。アーマッド将軍が米国の高官とCIAおよびペンタゴンで話し合っている間に、パキスタン軍統合情報局が、九月一一日のテロリストに接触していたことも考えられる。(略)
             だが、水晶のようにどこまでも明らかなことは、この戦争が『国際テロへの作戦』ではないことだ。これは、人類の未来に壊滅的な影響を与える征服戦争なのだ。アメリカ国民は、政府から意識的に巧妙に騙されてきたのである。」(98P〜116P)
             さきごろ、旧ソ連の外相だったグルジアのシェワルナゼ大統領が退陣した。背後にアメリカの石油パイプライン戦略(本書によれば「シルクロード戦略法」といわれるものだ)による圧力があったとされる(「産経新聞」十一月二六日付)。石油利権にひた走り、謀略戦争を実行し続けるアメリカ・ブッシュ政権の戦略こそが、いうところのグローバリニズムなのだ。
             著者の鋭利な切開はつづく。
             「民間経済は急落しながら、広範囲にわたる金融資源はアメリカの戦争兵器に集中しているのだ。」(215P)、「アメリカ合衆国では、CIAが、事実上の『並列政府』の役割を果たすようになっている。さらに合衆国における情報機関は、金融システムの活動に統合されている。」(218P)、「歴史的に見た場合、『九月一一日』は、アメリカの歴史のなかで最大のまやかし物である。」(230P)、「ブッシュ政権が『テロリズムとの戦争』を行っていながら、歴代の米国政権が国際テロリズムを支援し、けしかけ、隠蔽してきたことは、(山ほどの公文書を含む)証拠から十二分に確認できる。」(231P)
             こうしてブッシュ政権の暗部を剔出した本書は、カナダのグロバリゼーションの研究者である著者が、徹底的に分析した極めてスリリングな「アメリカ帝国論」であるといっていい。
            (本の友社刊・03.12・6)

            2006.07.07 Friday

            「懲罰」のイメージを喚起する「逮捕」

            0
              夏目書房編集部 編『夏目BOOKLET6 辻元!』(『図書新聞』03.12.6号)        

               本書は、政策秘書給与流用疑惑で議員を辞職したにもかかわらず、一年後に逮捕された社民党前衆議院議員、辻元清美をめぐる問題を論及したものだ。論者は十人。辻元に親近感を持ちながらも苦言を呈する田原総一朗や大谷昭宏から、辻元に距離を置きながらも、逮捕は不当あるいは不要とする論者たち、なにを向きになって辻元を嫌悪するのか、さっぱり説得力のない論理を展開している大月隆寛まで、論者たちの視点は様々だ。
               辻元というキャラクターは、そんなに注目に値するのだろうかと、わたしならまず思う。『ザ・漱石』という企画と、ピースボードという訳が分らないイベントを仕切った人物ということしか、わたしにはイメージできなかった。こういういいかたは、なにやら大月のようでいやだが、別に嫌悪感をもつほどに関心は向かなかったといいたいだけだ。「朝生テレビ」の論客、そしていつしか社民党から国会議員へと向かったプロセスにも、鈴木宗男を追及した国会中継はそれなりにおもしろく見ていたが、政治家辻元に注目していたわけでもない。政策秘書給与流用疑惑が出て、テレビ番組を渡り歩いて苦しい弁明をしている様子を見て軽薄な感じしか沸いてこなかった。そんなわたしですら、辻元逮捕はおかしいと思った。権力側に立って考えたとしても、いまさら辻元を逮捕したところで、プラス効果があるわけではない。選挙に出ようとしていた、赤軍派との関係、社民党に打撃を与える等々、様々な憶測が、週刊誌などで報じられたが、どれもそれほどメリットがあるとは思えない。辻元が国会議員に復活したとしてなにがしかの脅威を誰かに与えるとは到底思えないし、赤軍派(もちろん金日正体制に同化しているよど号のメンバーのことだ)や社民党は、いずれ衰退・無実化していくだけだ。なぜ、逮捕だったのか。宮崎学は、さすが“キツネ目の男”らしく、警察権力の思惑を提示する。
               「警視庁関係者に言わせると『詐欺の認識が辻元にはなく、罪を認めなかったから逮捕された』となる。しかし、それは罪に対する認識の問題で、捜査を妨害しているわけではないのだ。今回の逮捕劇は、警察による権力のリンチ以外の何物でもないだろう。
               しかも、あの時期になぜあえて行なったのか、答えは明白である。
               辻元逮捕の発表と同日、警察は消費者金融最大手への情報漏洩事件で、警視正、警視、巡査部長の計三人の処分を発表している。
               警察不祥事がついに本丸である警視庁にまで及んだことで、起こるであろう衝撃を、薄めるための材料として辻元をパクった。そう私は見ている。」(101P)
               そして、「気がつかんかったやろ?」と宮崎は“グリコ犯”のようにダメを押す。気がつかなかったというしかない。
               本来、浅野健一が言うように、逮捕というのは刑事手続き上では何の意味もないにもかかわらず、逮捕という事実が、「懲罰」のイメージを喚起してしまうから問題なのだ。逮捕されたものが全て、刑罰の対象になったかといえばそうではない。
               もうひとつ、わたしは辻元問題というのは、秘書給与のシステムに関わることとして重大なことがあると思う。一〇〇〇万円もの給与が国から支払われる政策秘書制度なるものは、自衛隊合憲を首相になったとたん認め、今日の社民党(社会党)の凋落を加速させた村山富市自社政権時の落とし子なのだ。政治資金に欠く社会党へ換金させるための自民党のアイデアだったことは、本書の論者たちは誰も指摘していないが、周知の事実だと言っておきたい。(夏目書房刊・03.10.10)  

              2006.07.07 Friday

              「わいせつ」は規制対象か

              0
                長岡義幸 著『「わいせつコミック」裁判―松文館事件の全貌!』(『図書新聞』04.3.20号)

                 二〇〇二年一〇月一日、前代未聞の事件が起きた。正規の流通ルートで販売されていた成年向けコミック本(松文館発行、ビューティ・ヘア著『密室』)を刑法一七五条の「わいせつ図画販売」の容疑で、警視庁保安課と代々木署が、出版社の社長、編集局長、作家を逮捕したのだ。その後、編集局長と作家は二十二日間の拘置期間を経て、「略式命令により罰金刑の言い渡しを受けて」釈放されるが、社長は、「わいせつ物とはなにか」を明確にすべく、法廷で争うことを決める。本書は、その間の事件の概要と裁判の過程を、微細に報告したものだ。これまで、コミック本に関しては同人誌が摘発された(九一年)のみで、今回が、実質的に初めてのケースということになる。
                 そもそも、「わいせつ」という概念が、前時代的なものであることは、周知のことだ。性表現にまつわる規制は、本裁判の弁護側証人・奥平康弘が指摘しているように、性行為が非公然だという一般通念とリンクしている。だが、だれが、どう考えても、性行為と性表現は、まったく次元の違う別の位相にあるものなのだ。それが例え実写であってもそうだとわたしなら思う。奥平は、それを憲法で保障している表現の自由とは、「見たいというひとの利益をどう確保するかということ」にもつながることだと述べている。その意味でいえば刑法一七五条は、「法条自体が違憲だ」と断じている。まったく、その通りだというしかない。
                 さて、本書のおもしろさを端的にいえば、まるでドキュメント映像を見ているかのように思えることにある。関係者たちへの家宅捜査、任意同行による取調べ、その後、身柄を拘束、逮捕、長期間の勾留、起訴へと至る過程は、自分が当事者だったら、どう振る舞えるだろうかとつい考えてしまうほどに、リアルで精緻な描写が記述されていく
                 事件の発端は、一投書が政治家(警察OBでもあり、田中真紀子応援団や拉致議連としてテレビ映像に頻繁に登場して顰蹙をかっているあの平沢勝栄だ)をかいして警視庁生活安全部保安課に持ち込まれたことからだ(わたしは、投書もふくめて、すべてが、創作めいているような気がしてならない)。投書は、月刊コミック誌「姫盗人」に掲載されていたビューテイ・ヘアの作品「相思相愛」を俎上に乗せていたという。結局、摘発されたのは、この作品が収載されている単行本の『密室』ということになったものらしい。摘発した側の論理は、単純だ。表現論や物語論を全く排除して、作品の画像は修正個所が少なく、描写の露出性が高いこと、それによって青少年の性犯罪を喚起する可能性があるというものだ。弁護側は、奥平をはじめ、宮台真司、藤本由香里(藤本の見事な作品論は、弁護側証人のなかでは、傑出した発言だといっていい)など多くの識者が、慧眼ある発言を展開した。もともと成年向けコミック本として流通しているのだから、各自治体の青少年条例による「有害」図書指定だけで充分だ。摘発された作品によって青少年が性犯罪に走るほど喚起される内容ではない。実写とコミック画像では、喚起度が違う。『密室』以上に、露出度が高い作品は多量に市場で流通しているのに、なぜ、対象化されねばならないのかといったことなどが、おおまかにいえば弁護側の反論だ。
                 摘発する側(公権力)とされる側では、そもそも「わいせつ」概念が交差するわけはない。結局、今回も長期に渡って裁判をしても、公権力による「わいせつ」定義が明確にされることなく終わっている。わたしは、むしろ、「わいせつ」とはなにかと議論するのではなく、表現が「わいせつ」だとして、どうしてそれが規制されなければならないのかという視線を徹底してとりたい気がする。そのことによって、「わいせつ」なるものを規制することの無意味化にたどりつけるように思えるのだ。本書の前半で、松文館の社長の発言のなかに、性描写を商品価値としたコミック制作を、どこかコンプレックス感のようなものを抱いてやっているように思えた。ならば、例えば、メジャー誌に載っているような、なんの軋轢もないラブ・コメディものが作品として優れているのかといったら、そんなことはない。恋愛性を突き詰めていけば、必然的に剥き出しのエロス性に向かわざるをえないはずだ。だから性表現は、普遍的感性を反映せざるをえない重要なモチーフだといっていい。それが、公権力によって「わいせつ」だというなら、「わいせつ」であることのどこが、いけないのだときりかえしていくべきなのだ。言語のイメージをあえて拡張して考えてみれば、小泉の空洞に満ちた発言の数々こそが、本当の意味で「わいせつ」だというのが、わたしの考えだ(「わいせつ」を性的な事柄だけに還元してしまうから、法的隘路におちいるのだ)。
                 二〇〇四年一月一三日、本件の第一審判決が下った。懲役一年執行猶予三年だ。弁護団は判決後、即日控訴した。(道出版刊・04.1.30)

                2006.06.27 Tuesday

                私が歴史とどう向き合うのか

                0
                  谷川道雄 著『中国史とは私たちにとって何か』(『図書新聞』03.10.11号)

                   「中国史とは何か」あるいは、「歴史とは何か」といってもいいが、このように問うことは、同時に、“私とは何か”ということを問うことだ。本書の著者は、そう述べていると思った。私とは何かということは、私が歴史とどう向き合うのかということでもある。
                   歴史研究者・歴史学者は総じて歴史をテクスト化し、相対的に語ろうとする。予見を排して捉えるといっても、結局は、基底に何らかの理念性や思想性を背景に歴史的時間の切開に向かうことになるといってもいい。著者はどうするのか。
                   「(略)私はもともと自分というのに自信がないというか、どうやって自分はこの人生を生きていけばよいかというのが若いときからはっきりしない、そういう人間でしたけど、(略)自分は何かを考えて生きていきたいという気持ちは非常にありました。(略)しかし私がこうやって研究者としてやってきてみて、その中国の歴史の素材を通して物事が考えられる。これが一番良かったと思っています。(略)私の目標はただ何か客観的なものを明らかにするというよりも、自分が明らかにしたものによって、それを素材にして自分の人生を考えることにあります。」(124〜125P)
                   東洋史の学者として長年にわたって様々な業績を残してきた著者は、真摯に学生たちの質疑に応答する。谷川健一、谷川雁の弟でもある著者のそういう姿勢は、やや意外な感じを受けないわけではない。
                   著者は初期研究者の時代、左翼的視線による考究のただなかにいたことが、歴史研究の難しさを痛感したと告白している。
                   「唐代民衆の反権力闘争」といったことが、初期のテーマだった。歴史を権力者(支配者)―民衆(支配されるもの)といった図式で捉えることに困難さを覚え、一時、研究活動を停止する。そして、「気を取り直して、隋唐帝国というものをもういっぺん考え直してみようと思」(42P)って、隋唐帝国以前の四百年ほどの魏晋南北朝の時代の研究に向かう。
                   ここから、『隋唐帝国形成史論』という代表的著作が生み出されていくことになる。
                   著者が、支配―被支配という構図を離れて、設定した視線は、共同体論を軸としたものだった。
                   「隋唐帝国を作り出した原点というのは何かという問題ですが、(略)北方の遊牧民族の場合はずっと淵源をたどっていきますと、遊牧部族の共同体。漢族の郷兵の場合は地域共同体。(略)このふたつの種類の共同体が、お互いに影響し合って、そして国家形成の大きな流れを作り出していったのではないか。共同体というのは、前近代における社会の基本形式であります。(略)そういう中で民衆は何らかの形で自由を保有しています。」(56〜57P)
                   また、中国独特の宗族制に着目して、宗族制は家族・血縁組織に支えられているものであるから現在の壊れつつ家族性社会を考えていくためにも、重要な問題であると述べる。そして「新しい共同体的世界観」を提唱する。わたしは、著者のこうした世界観、歴史観に対して、好感をもった。イデオロギー的解釈から解き放った著者の共同体論は確かに未知の未来をもしかしたら切り開く手立てとなるかもしれない。
                   本書の成立事情にふれておこう。本書は、「一九九九年秋に河合塾と河合文化教育研究所の共催で行なった『中国史とは私たちにとって何か―歴史との対話の記録―』と題する連続講演会の記録を編集・補足したもの」(7P)だ。著者が京都大学を退官した後、河合文化教育研究所主任研究員に就任したのを機に、世界史研究会が結成され、いわばその研究会のメンバーによる慫慂で実現したものだ。
                   「あとがき」で、著者は次のように述べている。
                   「これは単なる一研究者の回顧談ではないつもりである。現代に人間として生きてゆこうとする私たちが、中国の歴史から何を汲み出すかを考えたものである。」
                   歴史との対話とは、自分との対話にほかならないと著者は言い続けてきたのだと、思う。(河合文化教育研究所刊・03.7.20)

                  2006.06.27 Tuesday

                  無償の感性が流れる多様な物語

                  0
                    小成丈夫 著『庶 古 譚』(『図書新聞』03.11.22号)

                     「庶古」という言葉は、著者の造語だろうか、わたしは不思議なイメージをもった。
                     帯文にしたがえば、“往古”の“庶民”のことといっていいのかもしれないが、もっと重層的な感じがした。本書は、この書名にもなっている「庶古譚」を巻頭に配置して、「航路」、「石斑魚」、「夢のすみか」と四篇の小説を収めた作品集だ。著者は「あとがき」で「小説を書くとは、本来は、無償の行為ではなかったか。」と述べている。もちろんここでは、生活のために書くということの反語として「無償の行為」といっているのだが、わたしにはその言葉が、著者の表現姿勢を見る思いがした。そして、それはそのまま、作品のなかにもたち現れてくるといってもいい。
                     「庶古譚」は、部族共同体群が割拠する時代の物語だ。オオフベ王を首長とする主人公ヒロイメが住む国は、西の強国の支配下に置かれ司令官ハヤカチが君臨していた。里長の娘はある年代に達すると首長に仕える慣わしがあった。ヒロイメが父に伴われ入館する。ヒロイメは、ヒノカゲの従者となる。ヒノカゲの夫ノヨリはハヤカチの部下だった。ノヨリはオオフベの国に加担するようになったことから、ハヤカチによって処刑されたのだ。そして、ハヤカチの寵愛のもと生きながらえていた。この物語の縦軸は主人公ヒロイメとヒロイメを慕うウロコの関係性であるとすれば、横軸はヒノカゲの存在の有り様だといえる。ヒノカゲが夫を回想する場面がそのことを象徴している。
                     「(ハヤカチから)解放されたヒノカゲが部屋を出ていく。葉がかさなり繁る大木の下を行くと、ところどころで光がもれて斜めに降ってきた。梢の上、はるかな高みから夫が見おろしていた。緑にさえぎられて翳り、ほそいすじになって、たどりつこうとしていた。
                     …どうにもならないもの…ここは生まれた国でも家でもないもの…自分をまもるのは自分だけだもの…理想郷をめざしたおまえはもういないもの…」(30P)
                     ウロコがヒロイメを館から連れ出したことから、ハヤカチはオオフベを殺し、里を襲撃する。物語の終景は、ハヤカチ達の追撃を逃れるため新しい理想郷をめざして、ヒロイメ、ウロコ、ヒノカゲ、そして知守(占領地の警戒を仕事としている)の四人で、海へ向かう。「権者(いばりや)」も「役人(くすねや)」もこないところへいくんだといって、島へ思いを馳せるところで物語は閉じている。
                     「庶古譚」に込めた著者の思いは、なんだろうかと考える。最初の原稿(一九六四年)は八五〇枚だったという(「あとがき」)、改稿四〇回を経て、十分の一に減ったようだ。そして「愛着の果ての荒怠の風景かも知れず」と述べる。四人が理想郷をめざしながら、辿り着けないむなしさのようなものを、作者の心情として託したのだろうか。この作品はそんなふうにも読めるかもしれない。しかし、わたしは、好感をもった。ハヤカチ達を撃退して、平穏な日々が国にやってきたなどという終息のさせかただったら、ヒロイメやヒノカゲたちの像形が霧散してしまうからだ。けっして、「荒怠の風景」ではないことを、強調しておきたい。
                     「航路」は、海へ理想郷を求めた「庶古譚」の四人のように、松波と偶然知り合ったアユミは、長時間にわたる船旅に慰謝されることを求める。
                     「石斑魚」は、デザイン会社のアルバイトで「いつまでも気にくわない版下を描いていたくない。独立したい」と思っているロクは、フリーのデザイナー木間にあこがれている。そういうロクの心情を淡々と描出している。
                     「夢のすみか」は、一転、家のまわりに棲みつく霊の話だ。
                     「無償の行為」と著者がいう小説集は、一見、多様な物語で構成されているかのようだが、そこには感性の素地といったことが共通に流れている。まさしくそれは、無償の感性といっていいかもしれない。(審美社刊・03.9.24)

                    2006.06.27 Tuesday

                    「万世一系」という幻想を解体しようとする

                    0
                      柿花 仄 著『帋灯 猿丸と道鏡』(『図書新聞』03.12.6号)

                       歴史的叙述というものは、「事実」をどのように確定させ、どのように認識するかということが前提であるといっていいと思う。だが、その「事実」ということを確定させるためのテクストというものは、中世、古代といった遡及した時間性にかんしては、判別しにくさというものが、いつもつきまとってくる。
                       そして、もっとも大きな足枷は、万世一系とする「天皇家の歴史」だといっていい。記紀神話をテクストとした歴史認識が、「天皇家の歴史」は「日本(人)の歴史」の骨格であるという幻想体系を作りあげてきたのだ。
                       網野善彦は、日本の歴史というものを「日本人」の歴史という考えから脱して、「日本列島、さらに遡ってアジア大陸の東に大きな湖を抱いて海に接する長大な陸橋に生活しはじめて以来の人類の社会の歩みを、アジア大陸全体、あるいは日本列島となって以後も海の道で密接に結びついていたアジアの諸地域との切り離しがたい関係のなかで考えてみたい」(『日本社会の歴史』)と述べている。
                       網野のあたかも俯瞰視線のような歴史への視座は、天皇制の時間性を相対化するものだ。
                       もちろん、わたしはここで網野史観と本書の著者の歴史観を無理やり結び付けたいわけではない。本書は、あくまでも歴史的物語を著者なりの推論で展開しているのであって、歴史的テクストを提示しているわけではない。にもかかわらず、わたしの関心を惹いてしまうのは、著者もまた「万世一系」という幻想を解体しようとしているからである。
                       本書は中院家に古今伝授として伝わる、遺文『大日本哥道極秘伝書』(一七一六年)をテクストとして、歴史的推論を展開させている。これは、前著『帋灯 柿本人麻呂』に引きつづきとった方法だ。「大胆かつ過激な内容」や「驚天動地の古代史の極秘情報」が記載されていると著者は「はじめに」で述べているこの古今伝授の遺文は、はたして歴史的テクストとして、「事実」を確定させるだけの事由をもっているのだろうか。わたしは、この遺文なるものの真偽を明確にしたいわけではない。ただ、著者は前著に比して、本書ではいくぶんこのテクストに寄りかかりすぎていると思ったからだ。「人麻呂と持統天皇の密通」、「人麻呂の父は文武天皇」といった「万世一系」のなかの暗渠を、この遺文から前著では析出した。そして著者の精緻な推論によって壮大なフィクションをリアルな物語として提示したのが、前著『帋灯 柿本人麻呂』だったとわたしは思っている。だが本書では、いくらか著者の推論に荒さ(あるいは強引さ)があるように思えたのだ。
                       三十六歌仙の一人、猿丸太夫の謎の出自に迫るのが本書の骨子だ。
                       「文武天皇は、倭国に亡命した新羅文武王」であり、持統と不比等の二重権力による文武朝支配が、表の軽皇子と裏の新羅文武王というかたちをとったと著者は見なす。さらに、猿丸は軽皇子の子であり、実は道鏡であったとする。わたしは、猿丸=道鏡説や、道鏡と孝謙天皇との密通といったことに、疑義を呈したいわけではない。
                       「(略)情報操作は言うに及ばす、緘口令も容易に敷けた時代に、〈二人の文武〉が宮廷にいたとしても否定できない気がする。」(153P)
                       本書に荒さや強引さを感じたというのは、こういう叙述があるからだ。もちろん、武力で、半島の豪族が天皇家へ侵食していくというのは、ありえる話だ。だが、ここでは、亡命であり、しかも傀儡的に王権を継がせるのに亡命(これ自体もいくらか疑念に思わないわけではない)した半島の王にする必然は、ないように思える。持統が人麻呂との関係性を続けるために、人麻呂の父を抜擢するという論理はいいとしても、その父が半島からの亡命者だというのは、フィクションが過剰だ。
                       「所詮、歴史は人間が作り出すものであり、大義名分より当事者間の感情で動く場合が多い。それに気付くと、歴史そのものが身近で、人間味に溢れたものに見えてきて、俄然、面白く、興味が湧いてくるものである。」(209P)
                       確かに、「所詮、歴史は人間が作り出すもの」といえば、そうかもしれない。柿花史観は「当事者間の感情」というものをリアルなこととして、展開させているのだといえば、過剰なフィクションもいつか払拭されていくのかもしれない。(東京経済刊・03.9.6)

                      << | 17/18PAGES | >>