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2015.09.05 Saturday

Yogaに遊ぶ《2》                                        …………遊ぶといった心境になるのは、まだまだ、先のことになりそうだ。

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     八月に入った途端、参加者が大分、減ってしまった。最初の週は十数名だったと思うが、次の週は僅か八名、さらに次の週は七名だった。子どもや夫が夏休みに入ったからだろうか。わたしたち夫婦を入れて、やや年長グループ四、五人は皆勤だから、そういうことなのだろう。講師の方は、毎年のことと了解しているようで、当然のように、いつもと変わらず、アグレッシヴに指導してくれる。それが、うれしいようでもあり、やや負担に感じてしまうから、贅沢な悩みというべきかもしれない。
     ところが、八月の最終週を妻の緊急の用事のため、休むことになってしまった。わたしだけでも参加できないことはないのだが、もとより一人で参加するつもりは、まったくなく、四月から始めて、ついに、二人とも初めての不参加となった。単純に計算して、七名から二名を引けば、五名となり、講師の方に申し訳ない気持ちを抱いたことは確かだったのだが、今月の第一週に参加し、確認してみたら、二桁の参加者だったから、もっと気楽に考えてもよかったのだ。
     これは、わたしの悪い性分で、何人か参集して定期的に何がしかのことをやる時、自分の都合で休むことがなかなか出来ないことに、由来する。いったん関わったことに対し、自分の都合よりも関係性を優先してしまうということでもある。そう記してしまうと、なにやら気の弱い、長いものには巻かれてしまう資質のように思われかねないが、そうではない。わたしは、もともと、共同的に何かをやるということに対し、抵抗感を持っていったから、極力一人でやることに拘泥してきたといっていい。共同性のなかに自分が身を置くと決めた時、まずその共同性のことを先に考えていくことにしている。Yoga教室で、最後に率先してマットを運び、収納場所に置く作業をしているのは、わたしが、Yoga教室における共同性への関わり方を示しているに過ぎない。関わることが嫌になったら、教室を辞めればいただけのことなのだから。
     ところで、今週は、これまで休んでいた人たちが復活(!)して、十六、七名ぐらいに増えた。スペースの関係で、二十名近いと、やや窮屈な感じになってしまうのだが、それでも、少ないよりは、多い方が、やはり気分は高揚する感じでいい。敢えて飛躍したいい方をすれば、〈デモ〉も、少ないよりは、多い方がいいに決まっているからだ。
     しかし、こんな感じで参加しているようでは、Yogaに遊ぶといった心境になるのは、まだまだ、先のことになりそうだ。

    2015.06.30 Tuesday

    Yogaに遊ぶ《1》                                        …………とりあえず、素直に“ナマステ”と言うことから始めてみる。

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       Yogaを始めて、今日で、丁度、三ヶ月経ち、十二回目ということになる。頓挫せず継続することを、自分自身に課してみようという思いで、「Yogaを始める」と題した文章を綴ってみたのだが、なんとか、十回続けたところで、息切れしてしまった。二週間のインターバルを置いて、上記表題で、しかも不定期で、ダラダラと記してみようと思い至ったことになる。それでも、たぶん気の利いたことは書けないと思う。とりあえず、アタマで書くのではなく、カラダで、テで、素直に書ければいいかなと思っている。“遊ぶ”としたのは、真面目に参加している人たち二十数人の“同級生”には、申し訳ないけれど、気楽にYogaをやるのもいいのではないかという気持ちを込めたつもりだ。
       そして、本日の報告。新しく、男性の参加者が来て、男性が三人になった。最後に、感謝の気持ちを込めて言う、“ナマステ”という言葉が、素直に発することが出来た。
       相変わらず、カラダが痛い。しかし、いい意味での痛さだと感じている。



      2015.06.19 Friday

      自然なる声で発せられる言葉が、名伏しがたい感動を喚起する

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        川口祐二 著『明平さんの首――出会いの風景
        (「図書新聞」15.6.27号)

         著者は、巻末に付された履歴によれば、「70年代初め、いち早く、漁村から合成洗剤をなくすことを提唱。そのさきがけとなって実践運動を展開」し、「日本の漁村を歩き、特に女性の戦前、戦中の暮らしを記録する仕事を続けて」きたという。『島へ、岸辺へ』、『漁村異聞』、『光る海、渚の暮らし』、『潮風の道』、『女たちの海』(いずれもドメス出版刊)といった著書を並べてみただけで、著者の仕事の大きさを窺い知ることができるような気がする。
         本書の「あとがき」には、次のように記されている。
         「八〇歳を過ぎて、死に急ぐわけではないが、身辺整理をしなければという気持ちになった。今回のエッセイ集は、そんなことから編んだもの。今まであちこちに書いた小文の中で、これだけは残しておきたいと思うものを選んで一冊とした。」
         そして、作家・杉浦明平(1913〜2001)との交流について書かれた文章、三篇をその中心に据え、漁村をめぐる文章群が包みこむようなかたちで本書は構成されている。書名の「明平さんの首」とは、杉浦明平のために、生前、彫刻家・岩田実が作ったブロンズ像のことを指している。それにしてもと思う。そのブロンズ像の写真を表紙カバーに配置された本書を見て、わたしは、懐かしい名前に直ぐに惹きつけられてしまったといっていい。けっして、熱心な読者ではなかったが、わたしがかつて渉猟してきた書物の周辺、特に高橋和巳をめぐって、度々、その名前が現出してくる存在だったからだ。
         書名と同じ表題の「明平さんの首」という文章は、95年6月9日、「渥美半島の漁港、福江の町の古くからある旅館」で行われた杉浦明平の誕生会のことが活写される。前月に六〇年かけて完成させた大著『ミケランジェロの手紙』(翻訳版)の出版記念会も兼ねることになる。「集まる者は三〇人あまりで、中には名古屋から駆けつけた人も何人かいる。西からは私が一人、大半は地元の人たち」で、「明平さんの人柄に引きつけられて集まってくる」のだという。この会の時に「座敷の床の間に」飾られている「明平さんのブロンズ像」を著者たちは初めて見ることになる。
         「すばらしい首である。右横向きの顔に品格がただよっている。眼が鋭いと思った。」
         やがて、会の翌日、この「首」を著者たちが、明平さんの自宅へ運ぶことになる。旅館の二階から重い「首」を運び出す様子は、ブロンズ像であるにもかかわらず敬慕の念が滲み出ているように描出されていく。
         漁村にまつわる文章群は、どれも、著者の「海」への愛惜感が溢れていて沁みてくる。幾つかの言葉たちを引いてみたい。
         「海は漁業者の場とだけしか考えがちだが、決してそうではなく、『里海』としての視点が必要な時代になってきている。」「『海は人間の多様な営みを映す』といわれる。人間の暮らしを映す鏡である。海という鏡を照らすも曇らすも人間次第。『里海』として、すべての人びとが関わっていく、そのようなグローバルな視点が、今求められている。」「マダイはおいしいといわれますが、何はともあれ、母なる海が汚れていてはいけない、ということに尽きます。刺身として食べるということからも、海の水がきれいというのが基本です。漁場の安全が消費者の安心につながるのです。環境が資源だ、ということです。」「いずれにしてもおいしいスジアオノリが育つためには、清冽な流れが基本です。清冽な川の流れというのは、なんの抵抗もなく素足で入れる川、といえばよいでしょう。そのような川はそこに住む人が力を合わせて守っていく、環境づくりのための住民意識が、今求められています。」
         これらの言葉を放つ著者の視線は、普通に生きて暮らす地平からのものだ。声高になにかを主張するのではなく、自然なる声で発しているから、わたしには、名伏しがたい感動を喚起するのだ。「里海」といわれ、そうだ、そういう捉え方があっていいのだと思うし、「母なる海」といういい方もそうだ。そして、「刺身として食べる」というのは、「海の水がきれい」でなければならないという当たり前のことに思い至る。「なんの抵抗もなく素足で入れる」、「清冽な川」といういい方には、わたしたちの生きて在ることの根源を指し示していくかのようだ。3.11以後の現在にあって、その当たり前、普通であるべきことが、揺らいでいることに、わたしたちは、もう一度、考えていくべきだと思う。本書を読み終えて、あらためて考えたことだ。

        (ドメス出版・発売 15.1.24)

        2015.06.16 Tuesday

        Yogaを始める《10》                                       ……最後にみんなで、“ナマステ”と言うことに、抵抗感を持つ自分がいる。

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           自分でも、不思議に思うのだが、Yoga教室に通うことを決めた時、マニュアル本を二冊(うち一冊はDVD付)、購入したのだが、実はあまり読んでいない。それに、Wikipediaをプリントしたが、これもしっかり目を通していない。Yogaの歴史や、意味、あるいは、宗教的な色合いとどう折り合いをつけるのかといったこと(オウム真理教との絡みでいえば、つまりオウム以後ということだが、Yogaを率先してやっていた人たちは、偏見の視線に曝されたことは、確かだ)など、まったく、こだわりもなくやり過ごしたかといえば、必ずしもそうではないが、とりあえずは、どんな予見も抱かずにYogaに向き合ったことは断言できる。それは、けっして、強がっていっているのではない。友人たちに、Yogaを始めたというと、“あゝ、あのオウムのか”という反応が何人からもあった。だが、オウムを狂信的な犯罪集団として断罪するだけでいっさい排除するという考えを、当時から、わたしは持っていなかった。自分自身、Yogaというものに、まったく偏見がなかったといえば、ウソになる。神秘性や、自己をめぐる観念の諸相に対する好奇心といったものをまったく持ったことのないわたしである。自分が在る、関係性が在るということは、実体性とともに観念性を孕むことであるということは否定しない。しかし、なんといっても、手触りの感覚こそがリアルなこととしてあると思いながら、わたしは年月を重ねてきたつもりだ。だから、Yogaも、わたしにとって、遠い存在としてあったのだ。それを、いま毎週一度、実践している自分を実に不思議に思う。
           まだ、わが教室の講師の方がいう、いうなれば、肩の力を抜き、気持ち良い呼吸をしながら自分の身体と同化していくという境地には、なかなか、なれないでいるが、それでも、まあ、遅々としたものでしかないが、少しでもそういうことになれればと、考えている日々である。
           だが、いまだに、最後にみんなで、“ナマステ”と言うことに、抵抗感を持つ自分がいることに茫然とせざるをえない。

          2015.06.09 Tuesday

          Yogaを始める《9》                                        …………身体的に、なにか、効果があらわれていることがあるのかなと思わないではないが、とりあえずは無心に。

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             そろそろ、慣れる頃だろうと思わないわけではない。それでも、Yogaというものに関しては、慣れればいいというものではないだろうと、自分にはいい聞かせているつもりだ。毎回、少しずつ、違うバリエーションが挟まれる。その度に、うろたえてしまうから、自分の身体反応の鈍さには、情けなくなる。まあ、無理にうまくやろうなどということは、考えていないから、素直に反応出来る範囲で身体を動かすしかないと割り切っているつもりだ。
             しかし、一週間は早い。そして、今日で九回目となるのだが、半年ぐらいやっている感じがしてくる。考えてみれば、定期的に通って何かをするということを、これまで一度もしてこなかったから、一度も休まずに通っていることに対し、ほとんど、奇跡に近いことだとわれながら思う。Yogaを始めてみて、楽しいと思ったことは、いまのところ一度もない。むしろ、苦行に近いと感じながら動かしている時があるから、なぜ、休まずに通い続けているのか、自分でもよくわからない。まあ、教室の雰囲気が、わるくはないということに尽きるのかもしれない。今日も何度か、講師の方に、身体の動き方を注意喚起してくれるが、だからといって、落ち込むことはない。まあ、自分は身体を動かすことが苦手だったのだから、いろいろ指摘されても、納得するしかないのだ。
             それでも、身体的に、なにか、効果があらわれていることがあるのかなと思わないではないが、まあ、無心の状態で、とりあえず持続することに心がけようと思っている。

            2015.06.02 Tuesday

            Yogaを始める《8》                                        …………うまく、やる必要はないにしても、どこかで、少しだけ、動きと息遣いのバランスだけはどうにかしたいと考えているのだが。

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               なぜか、カラダの反応は、微妙にその時々の状態を示しているような気がする。なんのストレスもなく、体調的な不具合もないのに、うまく反応しないということがあるということだ。先週出来た片足立ちが、今日は、全然駄目だった。それと、終った後、それほど疲れた感じはしなかったが、帰宅後、夜まで、思いのほかカラダに疲れが残っている。Yogaというものは、つくづく不思議な行為だと思いつつも、いまごろになってカラダを酷使(!)することに、わが身体が、どう反応していいのかわからないのかもしれない。とはいえ、一週間という時間が過ぎて、火曜日になると自然にYoga教室へ行こうとする自分がいることを認めざるをえない。わたしは、運動系はもちろんのこと、みんなでなにかを一緒にやろうといったことをなるべく避けてきたといっていい。例えば、読書会とか研究会といった類のものに参加したことは、これまで、一桁の前半の数字の回数だ。
               いま、わたしたちが参加しているYoga教室は、講師の方や参加されている方たちには申し訳ないけれど、あまり、気を使うことなく気楽に参加できる雰囲気を漂わせているからだと思う。もしかしたら、Yogaというものは、一人ひとりの気楽な振る舞いを許容してくれる行為なのかもしれないし、講師の方の強制するわけではない、一人ひとりの行為を尊重する姿勢によるからといえなくもない。
               うまく(どういう状態を、そのようにいうのかはわからないが)、やる必要はないにしても、どこかで、少しだけ、動きと息遣いのバランスだけはどうにかしたいと考えている。
               結局、また来週になれば、冷静な感覚を忘失し、四苦八苦するに違いないが。

              2015.05.26 Tuesday

              Yogaを始める《7》                                        …………とにかく、持続させることと自分に言い聞かせながら、カラダを動かしていく。

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                 今日は、サンダル履きで向かった。妻が、下駄の音がうるさいというからだ。たぶん、脚力のオトロエ(当然のことだ)が、下駄に負荷が掛かって来たからではないかと思う。以前は、下駄で歩くことの爽快感のようなものを感じていたのだが、このところ、確かに下駄ばきで長い時間歩いていると足がだるくなってきていたのだ。もしかしたら、サンダルの方がYogaに際し、いいかもしれないと、あざとく考えて決断(大げさかもしれないが)したことになる。そんな、ちょっとしたことで、辛さを軽減できるのではないかという魂胆が、実は、今日はヨカッタのだ。片足で立つポーズが二回あるのだが、最初の方で、ともかくも、片足で立てたのだ。そんなことぐらいで喜んで、どうするのだといわれそうだが、自分では、結構、感動したのだが、なんのことはない、重心の掛け方に少しだけ気を付ければよかっただけなのだ。後の方の片足立ちは、完全に諦めている。わたしと同じように断念している人たちも何人もいたから、めげることはないのだ。なんだか、だんだん、後ろ向きの記述になってきたから、やめよう。それにしても、参加者がこのところ20人ほどで一定している。続けていくことは大事なことだといいたくなる。なんだか殊勝ないい方に聞こえそうだが、とにかく、持続させることと自分に言い聞かせながら、カラダを動かしていこうと思っている。

                2015.05.23 Saturday

                「好きなことを好きなように」、独学がよかった                           ――映画評論家・佐藤忠男の自伝的読書遍歴

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                  佐藤忠男 著『独学でよかった――読書と私の人生』
                  (「図書新聞」15.5.30号)

                   本書は、映画評論家・佐藤忠男(1930〜)が自伝的に読書遍歴を綴ったものだ。
                  わたしは、七〇年前後、日本映画に関していえば、東映任俠映画(遡って幾つかの股旅映画作品も含む)を中心にして、かなりの本数を観ていた。監督でいえば、加藤泰、鈴木清順(日活)ということになる。自分が共感を持って観ている監督とその作品がどのように評価されているのかということを必然的に知りたくなり、映画雑誌を手に取り、そのなかで佐藤忠男を知ったことになる。例えば、1970年度の『映画評論』誌、日本映画ベストテンで佐藤は、一位を『エロス+虐殺』(吉田喜重)、以下、『戦争と人間』(山本薩夫)、『無常』(実相寺昭雄)、そして四位に加藤泰の『緋牡丹博徒 お竜参上』を挙げている。ちなみに五位は『日本解放戦線・三里塚』(小川紳介)である。わたしなら忌避したい山本作品に高い評価を与えながらも、『お竜参上』や『三里塚』へも評価の視線を向ける佐藤の映画観にわたしは、不思議な感慨を抱いたものだったが、後に、幅をもって横断させていくのが佐藤忠男の映画的視線であることを理解していったといっていい。八〇年代、わたしは、台湾映画を中心にアジア映画と括られる作品群を熱心に観ていたが、これは佐藤忠男に誘われたからだと付言しておきたい。
                   ところで、本書の表題の「独学」には、あるイメージがいやおうなく付いている。つまり、著者が述べるように、「独学と苦学はほぼ同じ意味で使われていた言葉だった」からだ。
                   「私は苦しんで勉強したことは一度もありません、電気工や電話機修理工として働きながら本を読んだり論文を書いたりしていただけで、アルバイトもしていないし、徹夜で受験勉強をするというような苦しい勉強の経験もありません。」
                   つまり、「好きなことを好きなように」、読書や研究をしていたということになる。それは、自分の興味や関心があることにたいし、確信しながら進んでいっただけなのだといいかえてもいいかもしれない。著者が少年期の頃は、戦前時だったから読むものがけっして豊饒にあったわけではない。それにもかかわらず、貸本屋から借りて「少年倶楽部」系の小説を熱心に読んでいたという。やがて敗戦後の青年期を迎えると多くの本とともに、戯曲集、そして映画の面白さに惹かれていく。
                   「映画を深く考えるためには、映画に描かれた社会や人間を理解する必要があると思うようになり、社会学や心理学や歴史の本も読むようになり、また、映画の芸術としての側面を考えようと思って、芸術学や美学、記号論、などの本を読んだ。」
                   二十歳前後のことである。関心というものは、様々に繋がり広がっていくことで、それぞれのことが、さらに深く理解できるようになるものなのだ。まさしく独学的読書遍歴のそれが核心であると思う。無意識の中で醸成されていく「知の広がり」は、意識的に上昇志向のようなかたちで受容していくよりは、はるかに血肉なっていくものなのだといいたい気がする。
                   やがて、「キネマ旬報」や「映画評論」といった映画誌に投稿していくなかで、「思想の科学」という雑誌を知る。そして、「四十枚余りの『任俠について』という論文を書いて送」り、採用される。それは、鶴見俊輔との出会いという大きな契機であったとともに、「文章で身を立て」ることへの始まりとなっていく。
                   著者の仕事は、いうまでもなく映画以外の幅広い領域に渡っているが、やはり映画に関しての著者の視線は、わたしを啓発してくれるものだ。
                   「はじめて見たときから私はこの映画に大きな違和感も持っていた。侍たち七人が、それぞれ程度の差はあっても、すごい大人物、驚くべき勇士、立派な男、少なくともいい男として個性的に描き分けられているのに、百人ほどもいる百姓のほうはもう、長老がちょっと風格と分別のある知恵者であり、若者のひとりに妻を野伏せりたちに拉致されていることから血気にはやりがちな男がいる以外は、おしなべてみんな、なにをしていいか分からなくて右往左往している。」「侍たちの指導が良くて百姓たちはよく組織されて集団で戦えるようになるのだが、しかしそんなはずはないのではないか。侍がそんなに立派で百姓はみんな武器の扱いひとつ知らないというのはおかしいのではないか。(略)日本の時代劇の歩みのほぼ全体に一貫してきた偏見が生み出した歪みではないか。そう思ったのである。」
                   「この映画」とは、黒澤明の『七人の侍』のことである。オールタイム日本映画ベストテンなどで、必ず一位に選ばれる作品だが、わたしも、著者と同じくこの作品を評価しない。ラストの場面で志村喬に「勝ったのはあの百姓たちだ」と語らせることに、空々しさしか感じられなかった。だからこそ、佐藤忠男の映画的視線を、この『七人の侍』へ向けた評言で、充分象徴できるはずだ。

                  (三交社・発売 中日映画社・発行 14.11.29)


                  2015.05.22 Friday

                  映画『東京上空いらっしゃいませ』考、《その後》        ―――CDアルバム『アイドル・ザ・ムービー サウンドトラックコレクション』を聴く

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                    ……前回、君と話した時、相米慎二の『東京上空いらっしゃいませ』で牧瀬里穂がジャズふうのアレンジで唄う最後のシーンを話題にしたけど、牧瀬の歌唱の吹き替えを担当したという小笠原みゆきの音源があるのが、わかったよ。君との話をアイドルおたくの年少の友人に話したら、CDアルバム『アイドル・ザ・ムービー サウンドトラックコレクション』というのを教えてくれたんだ。現物を見てないから、タイトルを聞いただけで、よくそんな企画で出せたとものだと思ったよ。まあ、君はVHSテープを持っているのだから、繰り返し再生して聞けばいいわけだけどね。
                    ――実は、あの後、僥倖ともいえる出会いがあってね、Netに詳しくない君には説明しても理解できないと思うので省略するけれど、思い立って、amazonを検索してみたら、君のいうCDアルバム『アイドル・ザ・ムービー』というのを、僕も発見したんだ。それで、早速、購入したよ。ほんとうは、本来のジャズナンバーのものが欲しかったけど、仕方がないね。
                    ……amazonぐらい、俺だって知ってるぜ。
                    ――僕は、ともかく、amazonの情報に小笠原みゆきさんの名前があったので、どんな内容かは度外視して入手したということになる。現物を見て、驚いたよ。95年に出されたものだけど、確かに君がいうように、よくこういう企画で出せたなと思う。しかも、ジャケットと帯というのかな、それらを見て、よほど、マニアックなアイドル映画ファンでないと購入しないのではと思わせるデザイン(内容告知も含め)なんだな。いや、アイドルが歌を唄っているのなら、ファンは買うかもしれないけれど、基本的にサウンドトラックだから、インストルメンタルなんだよね。唯一、歌があるのが、『東京上空』ということになる。
                    ……どんな、アイドル映画が取り上げられているのかな。
                    ――松竹百年ということで企画されたものなので、85年から95年までの松竹作品ということになる。以下、列記してみると、『キッズ』(監督・高橋正治、音楽・ミッキー吉野、主演・早見優、85年)、『アイドルを探せ』(監督・長尾啓司、音楽・新川博、主演・菊池桃子、87年)、『Let’s豪徳寺』(監督・前田陽一、音楽・ミッキー吉野、主演・三田寛子、87年)、『この愛の物語』(監督・舛田利雄、音楽・久石譲、主演・藤谷美和子、87年)、『東京上空いらっしゃいませ』(監督・相米慎二、音楽P・安室克也、主演・牧瀬里穂、89年)、『真夏の地球』(監督・村上修、音楽P・日永田広、主演深津絵里、91年)、『満月 MR.MOONLIGHT』(監督・大森一樹、音楽・笹路正徳、主演・原田知世、91年)、『シュート!』(監督・大森一樹、音楽・土方隆行、主演・SMAP、94年)、『時の輝き』(監督・朝原雄三、音楽・西村由紀江、主演・高橋由美子、95年)となる。相米と並んで舛田利雄、前田陽一、大森一樹らの名前があり、なんとも、当時の日本映画の情況が垣間見えてくるかのようだね。85年という年は、僕にとって、もっとも共感してきた加藤泰さん(81年の『炎のごとく』が最後の作品)が亡くなった時だし、加藤さんと並んで同じように追認し続けてきた鈴木清順さんが『ツィゴイネルワイゼン』と『陽炎座』で、見事に復活したにもかかわらず、やや不満な『カポネ大いに泣く』(その後、新作は、91年の『夢二』まで待たなければならなかった)が上映された年でもあったな。85年の日本映画を僕なりに概観すれば、森田芳光の『それから』という傑作を筆頭に、相米の『ラブホテル』(『台風クラブ』や『雪の断章―情熱―』も同年の上演作品だが、『ラブホテル』の方がはるかにいい)、澤井信一郎の『早春物語』、神代辰巳の『恋文』、柳町光男の『火まつり』、井筒和幸の『二代目はクリスチャン』だね。
                    ……おいおい、俺は、全く評価していないが、世界のクロサワの映画もその年ではなかったか。
                    ――そのようだね。『乱』だっけ。後年、テレビかレンタルで見たのか、忘れたけれど、あまりの退屈さで、途中で止めたのを覚えているよ。黒澤作品に関していえば、共感した作品はまったくないね。僕にとっての日本映画は、70年前後の東映任侠映画と若松プロのピンク映画に凝縮されていたから、それらの幻影を求めて映画の旅を続けていたようなものだった。
                    ……そういえば、君にとってアイドル映画といえば、山口百恵と三浦友和が共演した、いわゆる百友映画だろう。
                    ――そうだね。70年代中頃から末にかけてということになる。最初に見たのが、『伊豆の踊子』(監督・西河克己、74年)だった。ほとんど、見ているけれど、『潮騒』(監督・西河克己、75年)、『春琴抄』(監督・西河克己、76年)、『霧の旗』(監督・西河克己、77年)、『天使を誘惑』(監督・藤田敏八、79年)といった作品は、同時期に封切られた日本映画のなかでも傑出したものになっていると断定していいと思うよ。
                    ……そうかい、君に百恵を語らせたら、終わりそうにないし、本筋から離れそうなんで、肝心のそのCDは聞いてみてどうだったんだい。
                    ――『東京上空』以外の映画は、見てないから、作品に関してはなにもいうことはないけれど、サントラ磐として聴く限り、しっかりしたインストメンタル・アルバムだといってもいいよ。ミッキー吉野、久石譲、西村由紀江といった作曲家たちの音楽は、さすがに聴かせるね。例えば、映像を見て、音楽を聴くというのと、音楽を聴いて映像をもう一度、想起するという行為は、共感していればするほど、さらに新たなイメージを醸し出すものだと思う。つまり、作品が良ければ音楽がいいといえるし、音楽だけを聞いていて、音楽の深さがあるからこそ、映像も際立っていくのだとあらためて思うものだ。この『東京上空』は、文夫(中井貴一)が、トロンボーンを演奏するシーンが何度か出てくるが、最後のパーティーシーン以外、それほど、印象深いというわけではなかったけれど、このCDに収められているトロンボーンは音が、実にいい。この曲があるから最後のシーンに感動するんだなと、思い返すことができた。そして、映画を見ているときは、明らかに牧瀬の歌唱ではないということがわかるので、小笠原さんの歌唱とアレンジの素晴らしさを聴くことになるわけだけれど、このCDを聴いていると、不思議なことに、一瞬、牧瀬里穂が唄っているような気がしてくるんだな。特に、ジャズ風になる前の出だしのところとか。そして、当然のことながら、やはり、パーティー会場でユウが唄い踊るシーンが、くっきりと思い出されてくる。サントラ磐を聴いていても泣けてくるね。
                    ……ようするに、なにもかも、この映画が好きなんだよ君は。26年という長い年月を経ても。

                    2015.05.19 Tuesday

                    Yogaを始める《6》                                        …………物足りないのではありませんかと問われて、応答に苦慮して、答えた言葉の陳腐さに滅入っている。

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                       今日は、めずらしく余裕を持って家を出て、ゆっくり歩きながら、スポーツセンターへと辿り着く。早朝、雨模様だったので、また、火曜日が雨かと思ったのだが、曇り空ながら、蒸し暑い気温のなかを歩いたことになる。先週の金曜日から昨日まで、某所で過ごし、なんとなく気分が落ち着いた感じで、今日を迎え、Yoga教室に入ったのだが、どうも、身体がだるい。毎回そうなのだが、少しずつ、新しいメニューが挿入される。それが、実にアクロバティックなポーズで、どうにか、やり過ごすのだが、そのうちに、身体全体が重い感じがしてならない。つまり、こうだ。そもそも、身体を動かすこととか、スポーツ的な行為(卓球教室なるものに、数回、通ったぐらいなのだ)をいっさいやったことのないわたしが、65歳にもなって、Yoga教室に通うなんて、無謀なことだったのだ。高を括っているわけではない。なんとかなるだろうぐらいの楽観的な思いがないではなかった。イメージしていたYoga的ポーズができるわけではないことを前提のうえで、自分でできる範囲でやってみようと思ったに過ぎない。
                       しかし、今日は、ともかく身体が重くて、辛いのだ。なんのことはない、某所で過ごした間のことが問題だったのだ。じつは、かなり高台に住まいがあって、バス停や買い物の場所には、住まいから行く場合(以前は車を持っていて妻が運転していたのだが、何年も前に、車は処分し、やがて妻も運転を止めることにしたのだ。自宅から某所へは、3時間かけて、電車とバスとTAXIを利用して出かけている)は、ほぼ、15分ほど、下っていき、帰りは、20分以上登って行くことになる。初日、バスで某所がある場所に着いた時は、買い物をした後、飼い猫も一緒なので、TAXIを利用して、登る。帰途は、荷物をリュックに入れ、猫の籠を持ちながら、バス停まで歩いて下っていく。結局、その時の筋肉疲労が快復しないまま、Yoga教室に行ったことになる。
                       身体の衰えを嘆いているのではない。猫だって、この間の往復で疲れ切っているのに、自分たちは、普段と変わらない気分で教室へと出かけたのであれば、少々、楽観的過ぎたということなのだ。今後も、スケジュール的に同じパターンがあるはずだ。思案のしどころというべきか。終了後、例のごとく、マットの片づけに専念する。
                       今日の、講師の方との応答は、こうだ。なんか、物足りないのでは、ありませんかと問われる。きっと、辛そうな顔つきが、不満そうに見えたのだろうか。そんなことはないな。妻は、講師の方の外交辞令だよという。そうかもしれない。わたしは、すぐに講師の方に切り返すことを忘れなかった。とんでもありません。お腹がいっぱいで、はちきれそうですと。いま、こうして、記してみて、どうにも慌てふためいた結果の陳腐なメタファーだったなと、後悔している。

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